達磨

 こんな夢を見た。

 何でも築地の花火大会に江戸の伝説の花火師がやってくるというので、当日の市場内は噂をききつけた近在からの見物人で芋を洗うような混雑である。近頃の世では、江戸の花火は久しく上がらないので、誰もが待ち焦がれている様だ。
 茶屋の辺りに打上げ台が設えてあり、それを取り囲む群衆の中心で花火師は難しい顔をしている。それは何処か雪舟描くところの達磨に似ている。いつか遭ったようで、それでいて知らない顔だ。
 かれは人々の目前で花火をこしらえている。しかし、不思議な事にそこには火薬らしきものは見当たらない。ただ、その周りに鯛だの平目だのといった鮮魚がうず高く積まれている。
 達磨はその魚をくす玉見たような三尺玉に「ホイ々々」とかけ声ごと放り込んでいく。そして玉の中が一杯になると、達磨は気難しそうに目張りを施してから、天を仰いだ。すると天幕を引いたように黄昏が辺りを包み、一斉に夜空に星々がかけられた。
 いよいよ打ち上がる。
 人々が固唾を飲んで見守る中、達磨は花火に火を付けた。
 ヒュルルル……と勢いよく打ち上がり、ドーン、ドーンという轟音の度に夜空に大輪の花が咲いた。それは様々な魚の形をした、見事な紋様だ。
 しかし、達磨は首を振りながら、何が気に入らないのか、やはり気難しい顔のまま、ひょいと群衆の中へ姿を消してしまった。とたんに花火が止み、歓声も群衆もそれぎり見えなくなった。
 自分は独り立ちつくしたまま、ふと、平成の魚には、江戸の華は到底入っていないのだろうと考えていた。


 化け鰻

 忙しい朝の市場内も、時として途切れる瞬間がある。
 人の声も止み、通行人も途絶え、時間が止ったように閑散としている。何もきこえない。何げなく歩いている見慣れた風景が、妙によそよそしい、作りものめいて見える。そんな空間に紛れこんでしまったら、きっと背後に何かの気配を感じている筈だ。
 そっと振りかえると、おや、のそりのそりと鰻の奴が通路を横切っていく。全長5メートルもあろうかという化け鰻が、のそりのそりと大通路を卸売場の方へ向かっていく。その姿は大蛇の様だが、恐ろしいというよりも、むしろ神々しくすら見える。
 市場の魚には、時折こんな奴が混じっていて、誰にも知られることなく徘徊しているのだろうか。
 化け鰻はせり場の横を抜け、岸壁から隅田川へと逃げ込んだ。長い身体なので、すべてが水中に没するまで少し間があった。
 やがて時間が戻り、人々も風景も何事もなかったように動きだすと、何もかもが急に身近にせまってきた。
 自分はしばらく鰻の没した水を見詰めていたが、一時、隅田川が大きくせり上がって見えたけれども、自分も誰もそれを気にとめはしなかった。



 玉子のり巻玉子のり巻玉子のり巻玉子のり巻玉子のり巻玉子のり巻の巻

 僕はマグロ屋さんの事務所で仕事をしているんだけど、美味しいマグロがいくらでもあるっていうのに、残念なことに僕は生魚が全く食べられないんだ。
この仕事に就いたばかりの頃、寿司屋に連れていってもらったんだけどさ……

 「ああ、今日はお疲れさん。いろいろ世話かけたな。さ、何でも好きなもの食べてくれよ。ここの寿司屋はウチの懇意だからよ。なあ大将!」
 「へい、毎度! 兄さん、今日は何、握りやしょう!」
 「あ、ども……それじゃあ玉子を……」
 「玉子だって!? ……あっ、そうか昔から通は玉子から注文するもんな。大将! 玉子握ってやってよ! この男はボーッとしてるけど、味にはうるさいよ!」
 「へい、玉子!」
 もぐもぐ、うん、うまい……
 「そうかい、うまいかい。じゃあ、オレはハマチね。おい、次何もらう?」
 「あ、のり巻を……」
 「のり巻〜っ! 何だい、そりゃあ……大将、この兄さん、のり巻だってさ」
 「いやあ、おみそれしやした。この人は寿司の醍醐味を知ってる! 普通の人はいきなりトロなんか注文しちゃうのに、この人はスゴイ。玉子、のり巻、なんざ言えません。怖いねぇ。寿司の醍醐味を知り尽くしてらっしゃる。卵焼とかんぴょうでこの店の味を計り、これから除々に盛り上げて行こうっていう。これが通の食べ方ですぜ。いやあ、驚きやした。それじゃあ、次はトロを握らせてもらいやしょうか」
 「え、いや……トロじゃなくて、また玉子をください……」
 「へっ!? 玉子……ですかい……?」

 「いや、あんたにも驚いたね。玉子とのり巻ばかりよく食ったもんだ」
 「どうも、ごちそうさま」
 「あ、旦那、これ、そちらの兄さんに差し上げて下さい」

 帰り際に寿司屋の主人は、僕に玉子の折詰を持たしてくれた。何でも、こんなに玉子を食べた客は、開店以来始めてだと言って。


 カレー関ケ原

 口の中でカレー、カレー、カレー、と3回くりかえしてみよう。もう無性にカレーが食べたくてしょうがないだろう? 机の上の書類など目に入るか! 残業なんて誰がやるもんかい! 帰るぞう! 帰ってカレーを食べるぞーっ!!

 とテンション上げたところで、カレーを食いにやってきたぞ。
 さてもカレーライスの醍醐味はといえば、何といっても、カレーと飯との一騎打ちにあるな。カレーと飯の分量に注意しながらフィニッシュに向かって食べ進む。ああ、このせめぎ合い! まさに料理界の関ケ原の戦いといえよう。

 ♪ぼえええ〜ん(ほら貝の音)

 時は西暦1600年、シャリ大王の白飯軍とルー将軍率いるカレー軍との天下分け目の決戦の火ぶたは今まさに切って落とされたーっ!
 「防護柵が破られました! カレーがなだれを打って飯側に流れ込んで来ます!」
 「えーい落ち着けい! すぐさま周囲の飯で固めよ。そのままかっこむのだ!」
 この戦いは予想以上に辛いな……百戦練磨のシャリ大王も思わずつぶやいた。
 「今回の敵は5つ星の辛さだ」
 一方、常勝のカレー軍団もあまりの激戦に浮き足立ちはじめていた。
 「ニンジン討ち死に!」
 「玉ネギも虫の息にござります!」
 ここで名将ルー将軍は決断を下す。
 「兵を一ケ所に集中させろ!飯を一気にかこみ、喉元まで流し込めー!」
 しかしその時、飛びこんできた部下からの報告にさしもの名将も顔色を変えた
 「大変です、ジャガイモが飯側に寝返りました!」

 うう、辛れえ。でもこの辛さがたまらないよお。ああ、お冷やおかわりね。ふー。汗かいちゃったよ。

 戦いは終った。荒れ果てた黄色い戦場には、もはや一物もない。いや、焦土のひと隅でひっそりと佇む者があった。この戦いをずっと見守りながらも、最後までどちらにも加勢することはなかった。
 彼こそは福神漬である。

 どうにもオレは福神漬が苦手なんだ。


 秘密の鯨汁

 魚河岸の事務所には昼時になると仕事を終えたマグロ屋のおやじさん達が三々五々集まってくる。彼らの手には、しばしばマグロの切り身や中おちがぶら下がっていて、それがすぐに昼食に供されるというわけだ。
 「おい、ねぎま作るぞ!」
 「中おち丼食えよ!」
 「どうでえ、大トロだぞ!」
 仕事場の中は、さながら獲物にたかるハイエナのように、マグロを求める人々がワイワイ、ガヤガヤえらい騒ぎだ。
 マグロ屋の事務所ならではの昼食風景である。
 ところが、今日はちょっと様子がちがっていた。
 「おい、鯨だよ、く〜じ〜ら!」
 えっ、クジラ!? あのご禁制の! ザワザワザワザワ……みんなマグロの時とはちがって、急に無言になって、しかし、食事の準備だけは抜かりなく、あっと言う間に鯨汁を作ってしまうと、
 「おい、そこ扉閉めろ!」
 もう、ここにいる人だけの秘密ね、という暗黙の了解のもとに、部屋の隅でコソコソと食べはじめる。別に悪いことしてるわけでもないのに、いいのかな、昼間っからこんなもの食べてという淡い罪悪感が、鍋物の味をいっそう引き立てるのであった。

  はひ、ほひ、はひ、ほひ、ほへ〜〜、うまい!

 しかし、何だ、このクジラってえ奴は、食えなくなると、急にありがたくなるんだな。昔は給食にしょっちゅう竜田揚が出て食傷ぎみだったもんだが……はひ、ほひ、はひ。ん、んまいね。誰だ!こんなうまいもん獲っちゃいかんなんて言ってる奴は。どうも毛唐ってのは、わからず屋でいかん! 一度食ってみろってんだ。はふはふ。こりゃ一回ポール・マッカートニーとか魚河岸に連れてきて、だましてクジラ食わせるしかねえな。はひ、ほひ、はひ。そしたら、あまりの美味しさに感激して「イエスタデイ」とか歌いだすに違いないぞ! ほへほへ、ほ。

ゐえすたでー、おーまーちゃぼーしーそーふぁーらえー、はひ、ほひ、はひ!


 我が心のたこ焼き

 「メカジキです。東京生まれの私が、関西に行った折、何よりも感動したのは、たこ焼きの美味しさです。大阪、京都、奈良、神戸と、それぞれに素晴らしいたこ焼きに出会いました。中でも心斎橋際の屋台とあやめ池遊園地前のお好み焼き屋のやつは、私の人生観をも変えてしまう鮮烈な味だったのです。 爾来、あのたこ焼きの味が、忘れ得ぬ恋人の面影のように私の脳裏から離れません。あの味を求めて、東京中を歩き回りました。しかし一度とて納得できるたこ焼きに出会うことはなかったのです。一体東京のたこ焼きは、あれはたこ焼きといえるものでしょうか。私に言わせれば、あんなものはたこまんじゅうです。いや、前置きが長くなりました。今日はナニワのホンマグロさんをお迎えして、東京で味わえる本場大阪たこ焼きの店にご案内していただくことにしましょう。どうもホンマグロさん」
 「長い前フリやったなあ……へえ、ホンマですわ。よろしゅうたのんま」
 「ホンマはん、ホンマに東京にごっつう美味い店あるんでっか?」
 「ありまっせ。ほな、行ってみまひょ」
 「わては、美味くないのは、よう食べまへんわ」
 「メカはん、わしを信用せなあかん。それからな、あんたのな、大阪弁みたいなの、気色悪いから、よして欲しいわ」
 「そなこと言うたってな、たこ焼き食う時は、身も心も大阪人になりますねん」
 「さいでっか。あ、着きよったで、ここや」
 「はー、たこ●はんでっか、わて初めてですわ」
 「ほな、わし、買うてくるで……ほら、買うてきたで」
 「はふ、はふ、はふ……ほぐほぐ……」
 「どや、うまいでっしゃろ」
 「ふま、ふむ、んぐっ……まずい!」
 「へっ、まずいでっか」
 「まずいよ、何だいこりゃ……あのね、大阪のたこ焼きってえのはね、粉がね、もっとずっとゆるいんだ。ちょうどベビーシュークリームみたいな歯ざわりなのさ。こんな紅しょうがなんてよけいさ。キャベツもいらない。ホンマさん、アンタこんなたこ焼きが美味いなんて、本当に大阪人なの」
 「いや、わし葛飾生まれでんねん」
 「何だニセモノじゃん、ハハハ……いや、それにしても、納得できないぞ、我慢ならん! 本物のたこ焼きが食いたい!どっかに美味いたこ焼きはないのかー教えてくれー! ああ、もうフラストレーションはたまるのであるが、この辺で終ろう。何しろこの頃、文章が長いぞーと苦情が来てるからな。じゃあ、また……」
 「ほな、よろしゅうおあがり」


 メカジキ料理教室

 ♪タララッタタタタ! タララッタタタタ! タララッタタタタタ タ・タ・タ!
  タ タッタッタ タ・タッタッタ タ・タッタッタッタ タタタタ
  タ タッタッタ タ・タッタッタ タ・タ! タッタカタカタッタ! タ〜…….

 「はい、お料理教室の時間が参りました。司会は私、メバチがお送りします。食欲の秋でございます。今晩は少しゴージャスにメカジキのバター焼きを作ってみましょう。では、メカジキ先生どうぞ」
 「どうも。共食いにちょっと心を痛めているメカジキです。今回はですね、このように今朝、河岸に揚がったばかりの新鮮なメカジキを用意しました」
 「ずいぶん色白ですね」
 「はい、昔からそう言われます。ではこれをバターで焼きます……ここでワイン」
 「はい、ワイン、カップ1/2……」
 「で、出来上がったのがこちらです」
 「あ、もう出来てるんですね」
 「さっそく食べましょう。いや、このマッタリ感が実に……マズイッ!」
 「これは、マズイですね。まるで生焼けです」
 「こんな時は慌てずに、はい!切ります。そして、これを煮ちゃいましょう」
 「味付けは?」
 「ああ……醤油、みりん、もう何でも良いです」
 「えー、メカジキのバター焼きの煮物の出来上がりです」
 「煮ると、実にこう、味に深みが出て、いっそうおいしく……こりゃ、マズイ!」
 「ものすごくマズイです。雑巾を醤油で煮しめたような味がします」
 「心配いりません。困った時にはカレーにしちゃいましょう。はい、カレー粉」
 「……えー、メカジキバター焼きの煮物風味カレーライス……季節のお味です」
 「お子様にも喜ばれる魚のカレーです。健康にもとても良く……ぶあっマズイ!」
 「空前絶後のマズさです。もうやめちゃいなさいってばって感じですね」
 「いっそこれ、こうスリつぶしちゃいましょう。で、丸めてアンコつけちゃう……」
 「う……メカ、ジキのバター焼き煮物風味のカレー入り甘辛ダンゴ……です」
 「不意のお客様にも、お茶菓子としてお出しできます……あら、アンタ何で食べないの? 結構これがイケルのよ……パクッ……ウグッ、グッ、グエッ……バタッ!」
 「おい、どうした? おい!……えー、料理の先生が倒れましたので、今日はここまでです。季節の食材をいろいろ使ったアイデア料理、ご家庭でも試されてはいかがでしょうか? では、また来週。メバチでした……」

 ……タ タッタッタ タ・タッタッタ タ・タ! タッタカタカタッタ! タ〜


 マグロの買い方入門

 ……ジェットストリーム
 ……ジェットストリーム
 ……ジェットストリーム

 ジ・ェ・ッ・ト・ス・ト・リ・ー・ム!! 

 「おい! メカジキ!」
 「おおっ、びっくりした。何だ、クロカワか。いきなり耳元で呼ぶんじゃねえよ!」
 「なあ、メカジキ、頼みがあんだよ」
 「後にしろ! オレはいそがしいんだ」
 「そんなこと言うなよ。あのな、マグロ買いたいんだけどよ、店を紹介しろよ」
 「え、マグロ。で、どれだけ必要なんだよ」
 「いや、トロのうまいとこだけ、ほんのちょっぴりでいいんだよ」
 「何だと……まあ、いいや。いくら持ってる」
 「2千円」
 「……あのな、お前みたいなこと言う奴がよくいるけどな、いいか、トロなんて1本のマグロから少ししかとれないんだぞ。そいつをほじくって売ってるマグロ屋なんてあるわけないだろ」
 「そういや、そうだけどよ」
 「それに、2千円でトロなんて言っちゃあ、マグロ屋のオヤジはヘソ曲げるぞ。ヘソ曲げたら口もきかねえからな。だがな、奴らをノセたらこっちのもんだ。うまいのを惜しげもなく分けてくれるからな」
 「ふんふん」
 「いいか、こう言うんだ。アタシはずっと前にこちらでマグロを買って、その味が忘れられずにまた来ました。久しぶりなんで探すのに苦労しましたよ。親方におまかせしますから、前のようなおいしいのを1人前包んで下さいな。でも学生なんで、あまりお金持ってないんですってな」
 「ふーん、うまいもんだね。じゃあ、メカジキも一緒に来てくれよ」
 「ちっ、しかたねえな……ほら、あの店だ。入って行って、教えたとおりにやれよ」
 「……なあ、あのオヤジ、おっかねえ顔してるな……オレ言えねえよ」
 「だらしねえなあ。じゃあオレが話つけてやるからこい……たく、世話やけるな……ども! 親方。アタシはずっと前にここでマグロ買ったんですがね、いやあ、あんまりうまかったんで、忘れられずにまた来ちゃった。いや、お久ぶり、探すのにだいぶ苦労しましたヨ!」
 「ん、何だと。おめえとは毎日逢ってるだろうが」
 「ああ、そういや、そうですね」
 「何だよ、マグロが欲しいの? お前、サカナ食えねえんじゃなかったっけ?」
 「ええ、まあ、そこんとこは親方におまかせってことで、おいしいとこ包んじゃって下さいよ」
 「ああ、何でもいいけどよ。で、どのくらい欲しいんだ?」
 「いや、それが、アタシは学生だから金がなくって……」
 「何だ、 学生だあ!?」
 「へへ、まあ気にしない。いや本当に金ないの。赤貧笑うが如し……」
 「ふん、じゃあ、いいや。それ持ってけよ。ま、ピンマルでいいよ」
 「え、いいの!うれしいなっと……あっ、親方、どうせなら、こっちを……」
 「あ!? バカヤロウ! こっちはダメ! ……ちっ、しょうがねえな。いいよ!持ってきやがれ! こんちきしょうめ、目ばかり肥えてきやがって……」
 「へへ、親方ありがとう! ……ほら、ゲットしたぞ」
 「すげえな、さすがだ」
 「当たり前だい!」


 不思議な国ニッポン

 古い雑誌を整理してたら、「もうひとつの日本」という記事を見つけて、あんまり面白いんで読みふけってしまった。これは、外国の出版物などでいかに誤解された日本が紹介されているかっていう、どちらかっていうと真面目に「これではいかんぞ」と問題提起をしているんだが、何しろ紹介記事がスゴイ。

 「日本では野菜に糞便をかけて、生のまま食べる」
 「会社では身分関係と体面を何よりも重んじ、失敗すると切腹をして責任をとる」
 「清潔好きで、老若男女一緒になって毎日風呂へ入る」

 こんなのが延々紹介されてるんだけど、そこに載ってる写真や図版がこれまた秀逸で、戦時中のアメリカがつくった国策映画からとったのだろうか、芸者と遊ぶチョンまげの軍人(!)が映っていたり、京浜工業地帯とかいって戦前の町工場が出てたりする。
 「凧上げをする子供」とかいってチャイナ服を着て弁髪の子供が蛸(八本足の)を上げている画には、あまりのセンスに思わず感心してしまった。
 こういったのは、今から十数年前の外国の旅行案内や教科書で実際に紹介されていた日本の姿なんだけど、今はどんなふうに書かれてるんだろう。興味あるな。
 ところで、こういう記事を作った外国人記者って、やっぱりかなり面白おかしく書いたんだろうな、「いいや、面白れえから書いちゃえ」って感じでね。
 そんな茶目っ気たっぷりの記者が現在の築地市場へ来たらきっとスゴイ事を書くにちがいない。

「……ニッポン人ハ皆、朝早ク起キテ、市場ヘ魚ヲ買イニ行ク。彼ラハ近隣カラ荷車ヲ押シテ来ル。金持ハ“ターレ”トイウ電動ノ荷車デヤッテクル。ニッポン人ハ生デ魚ヲ食ベルガ、中デモ鮪ヲ好ム。鮪ハ台ノ上ニ大勢ノ者ガ乗リ、怒鳴リ合イナガラ売買サレル。一番声ノ大キイ者ガ買ウコトガデキテ、ソノ日ノ朝食ニアリツケル。判定人ガコレヲ決定シ、鮪ガ売レルト“呉レテヤレ”ト大声デ言ウ。
 ニッポン人ハ皆薄着デ、真冬デモ裸同然デ歩イテイル。彼ラハゴム製ノブーツヲ履キ、腰ニ「手カギ」トイウ武器ヲブラサゲテイル。スグ近クノ相手ニモ大声デ怒鳴リ合イ、何カト喧嘩ヲスルノデ、少シ“カルシウム”不足ガ認メラレル。
 封建社会デ男ガ威張ッテイルガ、“ゲイシャガール”達ハ荒クレ男タチヲ吹キ飛バスホドノ迫力ガアッテトテモ強イ。全クモッテ不思議ナ国ニッポン、実ニクレイジー……」



 拾ったヅラ

 市場の青果に勤めるK氏は、ある日道ばたでカツラを拾った。
 何でこんなものが落ちてるんだろう、そう思いながら拾得物係に届けようとしたが、ふいにかれはこれをかぶってみたいという強い衝動に襲われた。というのも、K氏は学生の頃からの若ハゲで、50を越えた今では見事な禿頭になっていて、それはそれで諦めてはいるのだが、時にはカツラをつくってみたいなどと思うこともあったからだ。
 そこで人気のないトイレに入り、鏡の前でそおっと、かぶってみた。するとそれは、K氏の頭にぴったりはまった。そうして鏡の前に立つと、自分もまんざらではないと思えるのだった。いや、むしろ髪の毛をたくわえて若くなった姿は、50過ぎにしては充分魅力的ではないか。
 K氏はため息をつき、ひとときの幸福を惜しむかのようにヅラをはずそうとした。しかし、どうしたことだろう! それははずすことが出来なかった。まるで元からそこに生えていたかのように、頭皮に深く食いついて離れないのだ。どうしたものかと戸惑いながら、K氏にはある考えが浮かんできた。
 どうせはずせないなら――このまま頂戴してしまったらどうだろう。もしかしたらこれは、毛の無いオレを憐れんで神様がくれたのかもしれない。
「もうこれはオレの髪の毛なんだ!」K氏は強く思った。

 それから、あちこちで毛をのせて歩くK氏の姿が見受けられた。
 周囲の人は、急に毛の生えたK氏をみて驚いたが、それ以上にかれの顔色の変化におどろいた。ヅラをかぶってからというもの、K氏の顔からは全く血の気が失せ、すっかり蒼白くなってしまった。そして日に日に痩せこけていくのだった。
 それもそのはず、このヅラこそ、かぶった者の頭から血を吸う、世にも恐ろしき「吸血鬼ヅラキュラ」だったのである。

 ある朝、せり場の横でK氏はしぼった雑巾のようにカスカスになって倒れていた。その頭にはヅラはなかった。すでに次の獲物を探してさまよっているのだろう。
 そうして、この世でハゲが市民権を得るか、世界中の禿頭を救済する画期的な毛生え薬が開発されるまで、吸血ヅラはかれらを栄養分として繁殖を続けるだろう。
 禿頭の皆さん、どうか落ちているヅラにはご注意を。


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