児童販売機はイヤだ

 矢亜、みんな元気貝、眼か自棄だよ〜ん、って何でこんな変換するんだ!

 ワープロとか使ってると、時々信じられないような誤変換をすることがあります。カチャコチョカチャと打って、パーンと変換キーを押した時に
「本粘土の児童販売機の売上げ一覧豹」とか出ると、うれしくなりますね。イライラしている時など、ほっと気持ちがなごんだりもします。
 しかしながら、相手のある仕事だと、とんだ失敗をすることもあったりで、一霊を挙げれば、得意先に資料を送付するつもりが、間違えて死霊を送付してしまい、相手のオフィスで盆踊りをしてしまうケースなどがそれです。もっとも、これが意外に喜ばれたりして、後でお霊を言われるなんてこともありますが。
 時には誤変換の方がより深遠で興味深いというケースもあります。たとえば「ビジネスで成功する秘訣」というタイトルの本よりも「ビジネスで性交する秘穴」の方がより深遠で興味深いものです。性交者はいったいどのようにして性交したのか? といったキャッチコピーがついても、うんと魅力的だったりしま酢。
 ま、そんな風に誤変換ばかり追い求めていると、正しい日本語が分からなくなり、日常的にもおかしくなるので中尉が必要でしょう。石鹸と手ぬぐい持って公衆欲情に行ってしまったり、出かける時にとなり近所に肥をかけたり、ハゲの人を励ますつもりが禿増してしまったり、月に一度は生理整頓だ、と臆面もなく宣言したり、何かと非社会的な人になるので木をつけた方が良いと重い升。
 蛇、股お合い死ましょう。


 トラウマ&トラウマ

 ヒック!(31)
 おっと失礼。シャックリが止まらないで困ってるんだ。だからって、何もカタカナで“ヒック”なんて書かなくても良いわけだけど、これもライブ感を出そうって趣向でさ。ライブ感よ、分かる? ヒック!(32)
 それにしても、吾輩がまだご幼少のみぎりに不肖の姉キが「シャックリ100回すると死ぬんだって」などと不穏な情報を与えたものだから、ヒック!(33)ほんのガキだった吾輩はそん時は本当に脅えちまってよ、この年齢になっても、気がつくとシャックリの回数を数えたりするんだ。まったく子供時代の心の傷って、なかなか治らないもんだよな。ヒック!(34)
 そういうわけで、今日はトラウマの話でもしよう。吾輩の数あるトラウマの中から、そうだな、オシリ先生の事でも話そうか。
 あれは吾輩が小学校に上がったばかりの、ピカピカの1年生のこと。はじめての担任が、とてもやさしくて若い女の先生で、名前は忘れちゃったけど、みんなはオシリ先生と呼んでいたな。笑うとオシリのような顔になるから。ヒック!(35)吾輩はこの先生が大好きで、入学したての学校が楽しくてしょうがなかった。しかし、そんな蜜月の日々もわずか1週間ちょっとで終わりを告げることになる。
 休み時間が終わって席につくと、どこからか臭いニオイがただよってくる。あれ、と見るとイスの下にウンコが落っこちているではないか。どうしてそんなものがあるのか分からない。きっと誰かのイタズラか、休み時間に犬でも入り込んだのだろう。低能な同級生どもがワイワイ囃し立てるので、吾輩が閉口していると、ヒック!(36)
「はい、みなさんお静かに!」と、さすがオシリ先生、吾輩をかばってくれる、
と思いきや、こちらをじっと見て
「だめよ、こんなところで出しちゃ」
バカ女! てめえ、これが人間のウンコに見えるのか、ボケ! この脳留守ババア!
と、今ならまくしたてるところだけど、まだ1年生の吾輩は返す言葉もないまま、唇を噛むよりほかなかったのだった。ヒック!(37)
 まったく、その時の心の傷によってだな、吾輩は女教師を信じることができなくなり、それ以後、年上の女教師に淡い思慕を抱いたり、抜き差しならぬ関係となってしまったり、禁断の恋に落ちて道行に及ぶなどの行為の出来ない人間になってしまったてえわけだ。
 まさにトラウマ。
 そんなわけで、ヒック!(38)ほかにもテトラポットとかピンテープなどのトラウマもあるけど、ま、あんまり長くなってもいけねえから、今日はここまでにすらあ。


 今朝もローテンション

 いや、眠い眠い。僕はスゴイ低血圧だから、朝がつらくてね。どのくらい低血圧かというと、90/60。これ、結構低いんだよね。だから、午前中に僕と逢うと、いつもぼおっとしてるんで、君の言ってることは何ひとつ聞いてないからさ、まあ、いろいろ失礼してるかもしれないけど、大目に見てほしいな。何しろ限りなく死人に近いからさ。寝起きなどはうっかりすると身体が冷たくなって死にかけることもあったりで、まったく予断を許さない毎日だ。
 目覚めてすぐに動くと心臓が停止するので、指先からゆっくりと 10cm/(分)くらいの動きで少しずつ起きていく。人間的な歩行が可能になるまで最低1時間はかかったりするからホント大変。
 朝はモモンガのようになってるんだが、そんな時にテレビのモーニングショーみたいな番組は実に身体に悪い。
「おはようございます!」
「実にさわやかな朝ですね!」
とかやられると、何だか自分は世の中に参加する自信がねえなあ……という気になる。いっそ、低血圧人間のためのモーニングショーがあったらいいのに。
 出演者がみんな低血圧で、カメラの前でうっ伏して寝ているような番組。それで、ニュースとか読み上げる時だけムクッと起き上がって眠そうに話し出す……
「ふあああ……あ、今朝未明、国道○号線で居眠り運転による乗用車の事故があったと……」
「死にましたか……」
「死にました……」
「きっと眠るように逝ったんでしょうなあ……」
「私も眠くて死にそうです。誰か天気予報読んで下さい……ZZZ」
「ほええん、私も眠りたいのにィ……今日は移動性の高気圧に日本列島がすっぽり覆われて、ちょうどおフトンにすっぽり覆われたように、全国的にこれはもう昼寝日和なので、眠くても仕方ないことです。ではお勤めの皆さん、今日もおやすみなさい……ZZZ」

 まったく生まれてこの方、さわやかな朝などというものを迎えたことがない。そんな僕がなぜ朝の早い魚河岸に勤めているのか、自分でも不可解で仕方ねえ。ただひとつ言えることは、河岸の中でいちばんテンションの低いのはこの僕だ。きっと履き古した長靴や魚のカスよりもローテンションな僕だ。ぼおーっとしている間に、周囲が勝手に忙しく動いていつのまにか勤務時間が終わるので、とても楽チンだ。


 天国から来たマグロ 第1回

 マグロ屋のケン太とケンジは河岸でも有名な仲睦まじい兄弟である。ふたりは仕事でも息がぴったりで、セリから帳場、配達に至るまで、実に見事なコンビネーションで店を切りもりしていた。
 ところがある日、不慮の事故で兄ケン太は帰らぬ人となってしまう。あまりの出来事に嘆き悲しむ弟ケンジ。アニキがいなけりゃ、もうマグロ屋は出来ねえ……。そう言って、初七日が済むまで店を閉めたままだったが、周囲の仲間たちにほだされて、ようようセリに現れた。
 しかし、セリ場に並んだマグロを下付けしながらも、全く気がのらない。いつもならアニキが“ようケンジ、どうだい”と声をかけてくれるのに……。ケンジがぬけがらのようになって佇んでいると「ようケンジ、どうだい」と背後から兄の呼ぶ声がした。驚いて振り返ると、そこには確かに彼が立っているではないか。

「アニキ! 生きてたんだね」
「そうさ。毎日ここでお前を待っていたんだが、なかなか来なかったじゃないか」
「だって、アニキの葬式やってたんだから……でも良かったよ、帰ってきたなら。また、ふたりで仕事ができるんだね」
「ああ、ふたり一緒でなきゃ、マグロは落とせないはずだぜ」
「それはうれしいや……でもアニキ、何で透けてるの?」
見ると、ケン太の身体は半透明で向こう側が透けて見えている。
「今、あの世から帰ったばかりで魂の状態なんだ。オレの身体はどうした?」
「アニキの身体なら、もう焼き場で灰にしちゃったよ」
「おい、それじゃあ生き返れないじゃねえか。困ったな……なあ、どこかに死んだ奴とかいねえか。新仏とかあれば入っちゃうんだがな」
「そんなこと言われても……あ、アニキ、どうだろう。このホンマグロに入れないかい?」
「おい、オレは人間だぜ。マグロになんか入れるかよ」
「でも、仕方ないじゃん。頼むからとりあえずマグロの中に入ってみてよ」
「何だよ、しょうがねえなあ。帰ってくる早々これだもんなあ」
ケン太はぶつぶつ言いながらも、寝ているマグロの口からスルスルと入って行った。
「どうだいアニキ、具合は」
「ああ、まあな。ちょっと生臭せえけど、ま、わりと居心地は良いぜ」
ケン太は片方のヒレを上げて答えた。
「じゃあオレはこいつを落としてくるから、それまでここでじっとしててくれよ」

「ごめんよ、待たせたね」
「ああ、もうしびれを切らせていたぜ、あーあ」
ケン太はよいしょっと起き上がるとノビをした。
「だめだよ、マグロが起き上がっちゃ。みんなこっちを見てるぜ。さあ、この小車の上に乗っかってくれよ」
「何だよ、それじゃあ、戸板に乗せられた死体みたいじゃねえか」
「だって、一度死んでるだろ」
「とにかくオレは自分で歩くからな、いちいちお前の世話になるんじゃ厄介だもんな」
そういうとマグロのケン太はスタスタと歩いて行った。
「ちょっと待ってくれよ。マグロには足がないはずだが、なぜスタスタ歩けるんだい」
ケン太も不思議に思ったのか首をかしげたが、すぐに気を取りなおして言った。
「ま、気にするなよ。それよりも、とりあえずいつもの寿司屋でも行って善後策を講じようじゃねえか。オレ、もう7日も食ってないんで、腹ペコなんだ」(つづく)


 天国から来たマグロ 第2回

 ここは河岸のとある寿司屋。マグロになってしまった兄ケン太のこれからについて、ふたりは寿司を頬ばりながら話していた。
「オレさあ、明日からセリに出ようと思うんだ」
「えーっ、大丈夫かいアニキ」
「まあ、何とかなるだろうよ……おい大将、もひとつマグロ握ってくれよ!」
「さっきからマグロばかり食べてるけど、よく自分で自分を食えるね」
「へい、お待ち!」
板前はマグロのにぎりをケン太の前に置くと、まじまじと見て言った
「お客さん、本当によく出来たマグロの着ぐるみですねえ、光沢までそっくりだ」
「失敬な! オレは本物だぜ、モノホンのク・ロ・マ・グ・ロ!」
「そんな、ご冗談を」
「お前、マグロの見分けもつかねえで、よく寿司屋の板前がつとまるな」


 翌朝、マグロのセリ場。ベテランセリ人の大三郎は当惑しきった表情を浮かべていた。セリ台に並んだ仲買人たちの中にどう見てもクロマグロが混じっているからである。セリ人生活25年、今日の今日までマグロ相手にセリをしたことはなかったぞ……大三郎は何とか気を取りなおしてセリを始めるが、気になってしかたがない。
「はい、おはようございます。これから始めます……
ウー、ダー、ペケロッパ、ゲロッパッ、イキシチニ、ヒミヰリキ、ピンマル、はい、さんとお〜しようてん〜、次ィ〜……」

「ちょ〜と、待て待て待て待て待て!!」
突然セリ台からすごい勢いでマグロが駆け下りてきた。
ああ、神よ……大三郎は天を仰いだ。マグロに文句つけられて、オレは何と答えればいいというのか。
「いいか、セリ人! オレが先に指を三本立てただろ?
何でもっと安値出した三頭商店に落ちてしまうんだい!」
「それはその……」
大三郎は恐る恐るマグロの方を指差した。
「あっ!」
ケン太は指差された自分の手を見て驚いた。マグロには指がなかったのである。


「ダメだ、ダメだ、ダメだ、オレにはもうマグロ屋はつとまらねえんだ!」
「そんな、気にするなよ。オレはアニキが帰ってきてくれただけでうれしいんだから」
「お前には苦労をかけるなあ……まあ、明日からせいぜい店番くらいはさせてもらうよ」

 翌日から店先で元気に働くケン太の姿が見られた。
「ヘイ、ラッシャイ、ラッシャイ!」
 何しろ本物のマグロが客寄せするのだから、えらい宣伝である。
「さあ、これを見てくれ。こいつはうめえマグロだぜえ。マグロのこのオレが言うんだから間違いはない!」
特にマグロによるマグロの解体実演は見もので、店の周囲は人だかりが出来た。

「なあケンジ、どうやらオレたち、やっていけそうだな」
「ああ、アニキのおかげで売上げ倍増さ!」(つづく)


 天国から来たマグロ 第3回

「ああ、斬りたい……」

 築地市場でも老舗のマグロ仲卸「岡以」。この店の奥で先ほどから一心不乱におろし包丁を研いでいる人物こそ、“シビ斬り以蔵”といえば河岸では知らぬ者はいない、包丁使いの達人、岡田以蔵その人である。

「ああ、斬りたい……オレは今すぐマグロをたたっ斬りたい!」
 彼は一瞬にしてマグロを成仏させる恐るべき使い手である。しかし、その包丁さばきに見合うだけの見事なマグロは滅多にはない。それで時折、発作のように彼は存分に自分の技を使いたいという衝動にかられるのだ。
「オレは出かけるぞ、もう今すぐ出るぞ」
 彼は日本刀のようなおろし包丁を特注の鞘におさめると、熱にうかされるように店を出た。着流しに二本差しという風体は、どこから見ても時代劇の素浪人である。

 ♪風が呼ぶのさ ゴゴゴー
 ♪オレはマグロを斬るさ ゴゴゴー

 以蔵はその場で作詞作曲した歌「マグロがオレを呼ぶ」を口ずさみながら市場の通路をふらふら歩いた。と、彼の視線に飛び込んできたのは、かつて見たこともない大物であった。


「ヘイ、ラッシャイラッシャイ! さあ、マグロが売るマグロの店だ、お安くしとくよ!」
 相変わらず繁盛のケン太の店先。その人ごみを割って、突然以蔵が飛び込んできた。
「そこな大マグロ、面妖な奴。ここへ直れ、拙者が成敗してくれるわ!」
「何だテメエは、ちんどん屋か?」

「キエエエエエエエーッ!」
以蔵のかけ声と共にマグロを乗せた台は魚もろとも真っ二つになった。(つづく)


 天国から来たマグロ 第4回

「な、な、何だコイツは。頭がおかしいのか」
ケン太は驚いて飛びのいた。
「うむ、逃れられるものか、キエエエエエエーッ!」
以蔵はさらに踏み込むと、上段の構えから振り下ろした一撃はケン太の薄皮をそいだ。
「イテテテテ!」
「アニキ、あぶねえ!」
ケンジは機転を利かせて、そばにあったバチマグロを以蔵に向かって投げつけた。
「キエエエエエエーッ!」
バチは空中で一瞬のうちに四つ割になって落ちた。
「お次はこいつだ」
 ケンジがインドマグロを投げると、今度はあっというまに48のサクになって落ちた。そうして、いろんな種類のマグロを投げつけたが、以蔵の剣の前にことごとく細断された。
「アニキ、今日の仕事は終わりだ。もう、切るマグロがねえ……」
「ケンジ、こいつはお前の相手じゃねえぞ」
ケン太は開き直って以蔵に対峙した。そこには恐ろしいほどの気迫が漂っていた。
「何だ、この気組は」
さすがシビ斬り以蔵、相手の気が充実してくるのを見てとり警戒した。この気迫は一体どこからやってくるのか。今や空気の流れさえもがケン太を中心に歪んでいるではないか。突然、以蔵の背すじを恐怖が走った。彼はじりっじりっと後ずさりすると、背を向けて走り出した。と、その時、ケン太の背ビレが青白く光った途端に、
ゴオオオオオオオーッ
一千度の炎が逃げる以蔵を一瞬のうちに焼き焦がしてしまった。

「アニキ、いつから火を吐けるようになったんだい」
「うん、昔に観た怪獣映画をちょっと真似してみたんだ」
「ところで、この男、炭になっちまったけど大丈夫かな」
「ふん、武芸の達人だから、お湯でもかければ元に戻るんじゃねえのか」
「じゃあ、メデタシ、メデタシだね」
「ああ、大団円さ!」(つづく)


 天国から来たマグロ 第5回

 築地のオアシス、喫茶店「ヨネモト」のマスターは、今とても困っていた。目の前のカウンターに座っている客が、どこからみてもマグロだったからである。マグロなんて今まで相手にしたことないもんな。彼は話しかけられないように、なるべく視線をそらしてグラスを洗ったりしていたが、マグロの真ん丸の目に吸い寄せられるように、つい目が合ってしまう。そして、恐れていたとおり、ついにマグロが話しかけてきたのだ。
 「なあ、マスター……」
 「あ、な、何ですか」
 「あそこの席に座っている2人、この寒空に何でトランクス一丁なんだい?」
 「ああ……あれは大木と吉村というプロレスラーでね。ここの常連なんだ」
 「ふーん、プロレスラーね。しかし、変わった格好してるね」
 自分だって随分変わってるじゃないか、と口をついて出そうになるのをぐっとこらえて、皿を洗っていると、もうひとりお客がやってきた。
 「おー、マスター、元気かい!」
 男まさりで人情家、河岸で一番の人気者、おヤス姐さんだ。
 「ああ、おヤス姐さん、久しぶりだね。しばらく見なかったけど、どうしてたの?」
 「いや、この日記の作者がアタシを大食漢の暴力女みたいに書きやがるから、もうアタシを出すなと脅かしたんだ。でも、この間、たぬきうどんをおごってくれたから、また出演してやってもいいと思って、こうして出てきたのさ」
 「ふーん、何だかよく分からないけど、はいコーヒー」
 「おお、サンキュー……ん?」
 おヤス姐さんは横に座っているマグロをちらっと見ると、マスターに小声で言った。
 「ねえ、そこに座ってコーヒー飲んでるの、確かにマグロだよなあ……」
 「ああ、そうだよ。でも話しかけない方がいいと思うよ」
 おヤス姐さんはマスターと世間話などしながらも、どうにも気になるのか、時々マグロの方をちらちらと見ていたが、ついに我慢しきれなくなって面と向かって話しかけた。

 「なあ、アンタ、マグロだろ? だったら、ちょっと頼みがあるんだけどさ」
 突然話しかけられたマグロは大きな目を見開いた。
 「アタシさあ、活きの良いマグロを買いに来たんだけど、見たところアンタ、とても鮮度が良さそうだから……何しろ生きてるんだもんな。そこで相談なんだが、その腹のところを少し分けてくんない?」
 「な、何を? 冗談言っちゃ困るぜ! ここは大事なところなんだからな」
 「ケチケチすんなよ。な、ちょっと、そのトロんとこ、少し食わせろ!」
 「お、おい! こら何しやがるんだ……」
 「こちとら腹ペコなんだ! もうマグロを見ると我慢出来ないぞ!」
 「ばかやろう、齧るんじゃねえ……もう怒ったぞ、こうだ!」

  ボスッ、ガスッ、ドスッ!

 「ああ、取っ組み合いを始めちゃったよ。二人とも……いや、一人と一匹とも暴れるのはやめてくれよ。ここはプロレス会場じゃないんだからさ……」
 「何! プロレスならオレたちも加わるぞ!」
 「久々の出番で燃えてきちゃうね!」
 「あーあ、大木と吉村まで加わっちまった……ついにタッグマッチだぞ」


 「イテテテテ……」
 ケン太は腹を押さえながら、ほうほうの態で市場通りを歩いていた。
 「あの女、本当にオレのトロの部分を食いやがった」
 彼の腹にはくっきりと歯型が残り、一口分しっかりと食いちぎられていた。
 「しかし、この勝負は……フフ、引き分けだな!」
 これはなかなかの霜降りだぜ、とケン太はどさくさにまぎれてかすめ取ったおヤス姐さんの腹の肉を、大事そうにおみやげに持って帰るのであった。(つづく)


 天国から来たマグロ 第6回

 広い築地市場内には、新聞や菓子や飲料品を扱うキヨスクのような売店が何軒もある。河岸の人々は“マンジュウ屋”と呼び、キツイ仕事の合間にここでひと息入れるのを楽しみにしている。

「ばかやろう! 金ならいま払っただろう!」
気の荒い若い衆が怒鳴る。河岸では日常茶飯事のことである。怒鳴られているのはマンジュウ屋の店番で、どうやら若い娘のようだ。困った顔をして下を向いている。
「たくっ、ぼやぼやすんじゃねえよ!」
若い衆がぶつぶつ言っていると、そこへぬっと現れたのは巨大なマグロだった。
「おいアニキ、女の子に怒鳴るなんてえのは魚河岸の人間のやることじゃねえな」
そう言ってマグロのヒレで頬をぴたぴた撫でられ、若い衆は恐れをなして逃げて行った。
「あんなチンピラの言うことなんか気にしちゃいけないよ」
「どうもありがとうございます」娘はペコリと頭を下げた。
「何、礼にはおよばないさ。さてと、オレも何かもらおうかな。あ、そこのアンまんひとつね。ん、いや違うよ、そりゃ肉まんだよ。そっちはピザまん。そいつは納豆まんだ。これだよ、これ……あれ? もしかしてキミ、目が見えないんじゃ……」
「え、ええ……」

 その娘は魚河岸で働く父親と二人暮らしだったが、ある日、父親が病に倒れてしまい、その入院費を稼ぐために自分が河岸で働くようになった。ところが、そんな労苦もむなしく父親は先年亡くなり、自分も長年の過労のためか失明してしまったのだ。今では親切な知人から紹介されたマンジュウ屋の店番でその日を暮らしているのだという。

「気の毒な話だなあ……でもその目はなんとか直らないの」
「それが有名な先生の手術を受ければ見えるようになるかもしれないというのだけど、手術代が高くて、今の私にはとても払えそうもないの」
「そうか。で、手術代って、どのくらいかかるんだい」
「500万円くらいって言ってたわ」
「500万かあ……」マグロはクルクルと回りながら思案していたが、ポンと手を打つと
「よし、じゃあそのお金をオレが何とかしてやるぜ!」と言った。
「え……」娘はおどろいて顔を上げた。
「そ、そんな、とんでもない。大丈夫ですよ。いつか自分の力で貯めて治すつもりでがんばってるんです。でも……そう言っていただけるだけで何か……とてもうれしいわ」
「……ま、何、そのうち何とかなるってなもんさ。その……キミはなんて名前?  え、ハルミちゃんっていうの。良い名前だね。オレ、ケン太ってんだ。よろしくな」
娘は目を閉じたまま、ケン太の方を向いて言った。
「ねえ、ケン太さんってどんな顔してるの?」
「オレかい? オレは……そうだな、キムタクと反町を足して2で割ったような顔さ」
「まあ! それじゃあとてもモテるでしょ?」
「そりゃ、まあ……もちろんさ!」
「一度見てみたいなあ、ああ、この目であなたが見れたならどんなに良いだろう」
「そのうちに見えるようになるよ」
彼は娘の手を取って励ました。
「ケン太さんって、とっても冷たい手をしているのね」
「ああ、水を扱う商売だからな」
「それにとてもスベスベした肌をしているわ」
「あ、ああ。これはその……前掛けさ」
「何だ、そうか、びっくりしちゃった」
娘は自分が話している相手が大マグロだなんて知る由もない。(つづく)


 天国から来たマグロ 第7回

「金だ、金だ、金だっ!」
 マグロのケン太は娘の目を治してやるために、毎日金もうけに奔走していた。昼は市場で、夜は工事現場ではたらき、その金をギャンブルにつぎ込む日々である。
「おい、アニキ、最近疲れてるんじゃねえか。だいぶやせたよ。マグロというより、 サンマの大きい奴に見えるぜ。何だか分からないけど金が必要なら言ってくれよ、 オレたち兄弟なんだからな」
「ああ、ありがとよ。でもいいのさ。こいつはオレの道楽なんだから」
そう言いつつも、彼は日に日に疲労の度を強めていくのだった。
しかし、ある日
「来たーっ! 大穴だーっ!」
 素っ頓狂な声を上げるのも無理はない。間違えて買った馬券が25万円もついたのである。正に夢のような万馬券。何と持ち金は一気に500万円を突破した。

 そうして娘の目を治す手術が行われ無事成功した。その費用は親切な匿名の男が出したということにした。
もしもその男が自分だと知られたら、それがこんな大マグロの姿をしていて、それどころか死人である自分だと、あの娘が知ったなら……それはケン太にとっては堪えられないことだった。
 しかし、元気になった彼女をひと目でも見たくなった彼は、ある日、柱の陰からそっとマンジュウ屋をのぞいてみた。するとそこには、見違えるように明るい笑顔の彼女が、何人もの友人に囲まれていた。
「それじゃあハルミさあ、どこかの知らない人がその目を治してくれたっていうの」
「今どきそんな話あるのかなあ。何かその人、ちょっと怪しくない?」
「やめて、そんなこと言わないで。そんな変な人じゃないのよ。」
 ハルミちゃん、とってもきれいだよ。瞳を開いたキミは何てきれいなんだ。柱の陰でケン太は息をつまらせた。
「じゃあ、その人、治療費出しといて何で姿を現さないの」
「きっとものすごく変な顔なのよ。だから恥ずかしくて会いに来ないんじゃない」
「違うわ!」彼女は友人のいじわるな意見にちょっとふくれて反発した。
「変な顔じゃないのよ! キムタクと反町を足して2で割ったステキな人なの!」
それを聞いた友人たちは笑い出した。「何で、そんな事分かるのお」
「私、前に一度会ったことがあるの」彼女はふいに遠い目をして言った。
「その人は、とてもやさしくて、とても大きくて、いつもどこかで私を見守ってくれているの。今はきっと訳があって姿を見せてはくれないけど……でも、いつか私を迎えに来てくれるんだわ。私、その日をずっと待ってる……」
「あーあ」友人たちは呆れていった。
「ハルミはその王子様をいつまでも夢見ているってわけ?」

「ああ、ハルミちゃん」
ケン太は思わず飛び出そうとする自分を必死にこらえた。
「いつか……そうさ、きっと君だけの王子様が現れて、たぶんそいつは君のすべてをとりこにしてしまうんだ!」
ケン太はいたたまれなくなって、その場から離れた。茶屋を抜け、せり場を過ぎて、彼はふらふらと岸壁のところにやってきた。そうして、しばらくそこに立ったまま、きっと彼は泣いているのだが、マグロは涙を出すことができず、ただ、その大きな目にキラキラと午後の海を映していた。


「ハーックション! ブルブルブル……おい!ネギマはまだか!」
「ああ、今持って行くよ! ……たく、いくら自分がマグロだからって何も寒中水泳することねえだろ! ほらよ!」
「ハヒホヒホヒ……ングッ、ん、んまい! ああ、あったまる! 身体の芯から、こうホカホカしてくるねえ〜。やはり冬は熱いネギマにかぎるぜ」
「まったく天下太平な兄を持つと弟は苦労するぜ!」(つづく)

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