CLINICA Part1

「おう、今けえった」
「おや、お前さん……どうしたのさ、顔色が真っ青じゃないの」
「何か悪寒がしてな。どうもいけねえ、ちょっと床をのべてくれ。もう寝ちまう」
「ちょっと、熱があるじゃないの。大丈夫なの。仕事のしすぎじゃないのかえ」
「ああ、どうにもそうだな。オレも身体が良くなったら、魚河岸なんかやめちまって、堅気ンなってな、お前と何処かでのんびり暮そうと思うよ」
「お、お前さん……」

 (暗転)

 ううっ、頭いてえ。寒気がする。足元がフラフラする。耳鳴りと吐気と目眩がする。妙な厭世観にさいなまれる。部屋の隅から小さな侍がたくさん出てきて、次々に切腹する。
 「無念でござる」「無念でござる」「無念でござる」「無念でござる」「無念でござる……」
 こいつはいかん。完全に頭に来てる。もうダメだ。重病だ。注射呼んで医者打ってもらわなきゃ助かりそうもねえ。日曜だが、ともかく医者に行こう。

 夢遊病者の足取りで病院の救急にたどりつき、ドアを開けると、エッシャー風の廊下をキューピー人形みたいな看護婦が滑るようにやって来る。
 「ハイ! ハイ! ハイ! どうしました? 具合が悪い? ハイ! ではお熱を測りましょう。ハイ! 体温計を、口じゃない! 脇にはさんでね、そう。ハイ! 39度2分、おや結構ありますね。じゃあ、このコップの線の処まで尿を取ってね。ハイ!取ったら、その窓口に置く! ハイ! じゃあこの紙に必要事項を記入してね、ハイ!ハイ!ハイ!」
 キューピーは患者記入用紙なんてものを渡すと、ハイ! ハイ! 言いながら、さっきの廊下をまたも滑って行った。
 何も病人にこんなもん書かせなくてもいいのにな、えーと、<住所><名前><年齢>ね。<今日はどこが悪いのですか>……だと。それが知りたくてここに来た。医者じゃないから分からないが、頭痛・発熱・悪寒・腰痛等の諸症状が表れています……サラサラ、と。
 僕はこの手のアンケートにはとにかく全身全霊をかたむけてしまうタチである。朦朧とする意識の中、嬉々としてペンを走らせた。<何か不安なところはありますか>……将来に対する茫洋とした不安の渦中にあります……。うん、調子が出てきたぞ。茫洋なんて漢字はなかなか書けるもんじゃない……いや、待てよ。しかし、これではあまりにも文学的過ぎはしまいか? 医者に来たんだから、もっとこう、客観的表現にすべきでは?……突発性心身ノイローゼの症状を呈しています、の方がいいかな?

「ハイ!ハイ!ハイ! あら、まだ書いてるんですか? ハイ!ハイ! 書けましたね……何ですか、これは? まあ、いいですわ。ハイ!ではすぐ先生に診てもらいます!」

 キューピーは両面に渡ってびっしりと書かれた用紙をひったくって、僕を診察室に案内した。そこには医師と称する日なたの閻魔みたいな大男がギョロとした目を向けていた。

「これは大変だぞお! 菌が肺に入ってるぞお! 肺炎を併発するかもしれんぞお! とにかくこれは家には帰れんぞお! 君! すぐに点滴の準備!」
 何だ? 何だ? 肺炎だあ? おい、本当かよ? あ、これが点滴ね。オレはじめてなんだよね……何? 呼吸器、つけるの? ええ、そんなに重病なのか? 点滴をされ、呼吸器までつけられ、やけにヒンヤリした病室に閉じ込められた僕は、急に心細くなってきた。もうダメかもしれない。そう思うと、ずっと昔の記憶が走馬灯にように頭を巡って……いると突然ドアが開き、トランクス一丁の男たちが乱入してきた。

 「大木です」
 「吉村です」
 「坂口です」

何だ、お前らは……おい、よせ! (つづく)


 CLINICA Part2

 「大木・吉村・坂口! 3人合わせて往年の日プ・トリオどえ〜す!
 では、これから技をかけますよお! はい、これがスリーパーホールド、グイグイッ」
 ぐ、ぐるじい……
 「はい、次はトップロープからのヘッドシザースアタック、これは危険です! ドガッ!」
 イ・テテテテ……
 「では決めは必殺ワキガ固め行きます! ムンムンムン!」
 ク・クサイ……

 「うーん、うーん」
 「ハイ! 先生、患者さんうなされてます。苦しそうです!」
 「うむ、今が峠じゃろうな」
 「ちょっとお前さん、しっかりおしよ。気を確かに持って。何か欲しいものはないのかえ」
 「うーん、マグロを……」
 「え、何だって?」

 その頃、悪の秘密結社ウオガショッカーのアジトに乗り込んだ仮面メカジキーは、数々の怪人を倒し、ついに首領に迫っていた。
 「追いつめたぞ、ウオガショッカー首領!」
 「くっ、仮面メカジキー。よくここまで来たな! 褒めてやると言いたいところだが、キサマのおかげで、余の忠実な部下であるカニ男、エビ男、シャケ男、シラス男などを失った! もはや生きて出られると思うなよ! 見よ! これが余の正体だ!」
 「おお! 首領の正体はクロマグロ男だったのかー!」
 「ガハハハハ! 行くぞ! まずは赤身スライスだ! それ ビュッ、ビュッ!」
 「ぐっ、う・美味い!」
 「お次はマッタリ感がうれしい、中トロ爆弾だ! 受けてみろ! ビュッ!」
 「うおっ、これも実にウマイ!」
 「次はネギと混ぜてネギトロだ! これは、のり巻きでどうぞ……」
 「うむ、美味だ。お茶もくれい!」
 「さて大〆は、マグロの真髄、大トロ・スペシャルで、どおだあ!!」
 「うわあ、こりゃあ、うめえや!」
 「しまった、自分を全部喰わしてしまった……」
 「ふっふっふ、策士、策に溺れるとはこの事だな。行くぞクロマグロ男、必殺メカジキーック!」
 「おわあああ!(大爆発)」


 「するってえと、オレは本当にマグロを喰ったのか? ちっとも覚えがないぞ」
 「熱にうかされながらマグロ、マグロって言うから持ってきたら、ガツガツと食べたじゃないの。でもまあ、そのおかげで一晩泊まっただけで退院出来たし、マグロの効用おそるべしってところね!」
 「薬を打たれたせいか、変な幻覚を見たぞ。だいいちオレの病名は何だったんだ」
 「何か、ただのカゼだったみたい。でも仕事場には肺炎って言ってあるから二、三日休めるんじゃないかしら」
 「何! そいつあいいぞ! 温泉行こ、温泉! みちのく湯けむり秘湯の旅!」

  コッカーン!


 危険がいっぱい

 朝の市場内はターレや小車がすさまじく行き交い、初めて来た人など、おっかなくてマトモには歩けませんな。僕も市場に来たばかりの頃には、小車に足を踏まれて爪をはがしたり、買出人をよけようとして活け物屋の水槽に腕を突っ込んだりしたもんです。
 しかし、何年もここで仕事をしていると、もう慣れたもので、スイスイと歩けるようになるから不思議。突進してくるターレを見向きもせずに幅1センチでやり過ごす技は“見切り”と呼ばれ、老練なツキジ・マスターたちの高等技術となっております。これは、軸足はそのままに上体だけでフワッと避けるもので、“あしたのジョー”でいえば青山が少年院で見せた“こんにゃく戦法”がそれにあたるでしょう。こう、身体をクネクネとさせながら、
 ウィーピング・ウィーピング・クイック・クイック・ターン・フォックスロット……
のリズムで注意深く進んで行くようにします。
 そうして前後左右に身体を大きく揺らしながら歩いていくさまは、さながら水槽に揺れる水草ですが、集団で揺れているとゾンビ映画の1シーンのように、市場全体に終末感をただよわせます。中には激しく揺れすぎて売場にたどりつく前に脳しんとうでひっくり返る者も続出ですから、どのみち築地市場が危険であることに変わりありません。
 危険、といえば、突然「あ、そうか!」というかけ声と共に人を突き飛ばしながら突進してくる買物カゴを持ったオヤジがいます。これは土地の者から“そうかのオヤジ”と呼ばれているもので、つむじ風のように急に現れてどこかへ去っていくことから、一種の自然現象だと考えられます。こいつに巻き込まれると、よけきれずに海老屋のオガクズの中に二の腕まで突っ込んでしまったりするので十分な注意が必要です。
 それから、始終カメラで写真撮りまくっている半ズボン姿の外国人にも気をつけねばなりません。いきなりこちらにカメラを向けてシャッターを切ったと思ったら、
「アイドンアンダスタンイッワイユールックソーステュピッドフェース、オーマイガ!」
などと、こじゃれた事を言ったりします。こんな時には中指を一本立てて「ア、ソー?」なんて言ってみると撃退できることが多いようですね。
 また、築地は義理を重んじる土地柄ですから、知り合いの魚屋さんには挨拶をしないとへそを曲げます。「や、どうも、ども、おはようさん!」などと顔の右側でかれらに愛想をふりまきながら、左半分ではしっかりと品物を物色している。ちょうど水木しげるの妖怪図鑑に出てくる“山じじい”みたいな顔になりますが、これが基本でしょうな。
 その顔で、先に書いたように身体を揺らせながらフニャフニャ歩けば、もう完璧なツキジ・マスターといえますが、それでもちょっと気を抜くと、頭の後ろで「あ、そうか!」という声が聞こえたと思ったとたんに、マグロ屋のあら箱の中に張り飛ばされたりしますから、やっぱり築地は危険がいっぱいであることに違いないのです。


 メリ5で了解

 “やっぱ無線っしょ。HAMっしょ。いっきにDX狙いっしょ。きょうび最も有効な通信手段ったら、こりゃもう無線通信にちげえねえ。まあ携帯なんてのもありますが、あんなのは所詮有線電話がナニした奴であって、それで相手と通信しても何の趣もないっちゅーか、なぜそんなに電話しまくるのですかみたいな、勝手に怪しげなメールとか放り込まれるし、何か楽しそうですな、ははん。自分はケイタイ持ってないのであります。なのでよくわからんけど、スゲエ高性能な携帯がタダみたいな値段でタダみたいな電話料金で使えるとしても、オイラは弁当箱みたいな無線機のが好きだい! ツッ!”

 “ブレイクッ”

 “ブレイクさん、ちょっと待ってネ……なわけで、ドコモよりもユピテルとかヤエスなんて名前に思わずピクッとくる初冬のこの頃ですが、街ゆく人が携帯やめちゃって、みんな無線機持ってる、みたいな、そんなステキな夢を今朝見ました。ツッ!”

 “ブレイクッ!”

 “でも携帯だって、電磁波出してるっしょ、無線機っしょ、って言うかしんないけど、やっぱ無線言うたらアンタ、HF帯やがな。21MHzで海外局狙ってみるも良し、頭に八木アンテナ建てた若者がシブヤをモービル半固定してたら、うんとカッコイイぞ。いっそ180mbでカノジョとモールスなんてオシャレ、もう全身アンテナ線グルグル巻きつけてコイルのようになってな。「アタシとアナタはRS59よ」なんてな。あ、自分自身にアンテナ埋め込んじゃおうか。そいで、どこからかの電波で動かされたりするのも、オレはヤだけど、他人がやってたらソソられちゃうー。ツッ!”

 “ブレイクッ!”

 “ブレイクさんちょっと待てちゅうの……いやあ無線のことを話し出すと、興奮してきて、ンψDΩ〆!!……と思わず過変調ぎみにもなりますが、かつてはアンカバーなCBなんぞもありの、マルイチ改造して100Wかまして近所のテレビ吹っ飛ばしたり、屋根にアンテナ付けたデンカンの車に怯えたり、グランドプレンの……”

 “…………………………………………………………………………”
 “…………………………………………………………………………”
 “…………………………………………………………………………”

 “……ちょっと無変調やめてくれる? オラ! 局つぶしに行くぞ!! ……なんて下品な口をきいてはいけません。他人の悪口を言うてはなりません。紳士に慎み深く、災害時には人命救助に活躍する、そんな素晴らしきアマチュア無線の世界なのであります。まさに「趣味の王様」といえましょう。ツッ!”

 “しかし、ああ、そんな素晴らしき世界も今はどこへ行ったのでしょう。あの夏の日に現れては消えたEスポのように、うつろなものでありましょうか。昔、マンガ雑誌をめくると必ず出ていた「ハムになろう」の広告も、「日ペンの美子ちゃん」と共にいつのまにかいなくなりましたが、無線が再び隆盛を見る日を、私は望んでやまないのでございます。ではみなさん、73&88……じゃ、ブレイクさんどうぞ……ツッ!”

 “ブレ……あっ……CQ・CQ・スイキュ〜、こちらはJN1○×△、ジャパン・ノーベンバー・ワン○×△。どちらか入感局いらっしゃいましたらQSO願います。こちら、ツキジのメ・カ・ジ・キ。明治のメ・為替のカ・新聞のシ・濁点・切手のキ……Calling CQ tsukiji.or.jp and Standing by ツッ!”


 FBに入感

 やっぱBCLっしょ。短波っしょ。電離層の力っしょ。きょうび最も有効な情報収集の手段ったら、こりゃもう短波放送にちげえねえ。まあインターネットなんてのもありますが、あんなのは所詮電算機がナニした奴であって、それで情報集めてもエキゾチズムが足らないちゅーか、ねえ、ちょっとアナタ、仕事中に何見てんですか。何すかそれ? 感興ソソるサイトの数々とかワレものとか? やけに楽しそうですな、ほほん。自分のパソコンは5球スーパーなのであります。なのでよくわからんけど、やっぱ情報というのは、パソコンよりかも、バリコンをギュルギュルッと回して、ノイズの向こうから聞こえたか聞こえないか分からんようなのをキャッチするのが、何かうさん臭くて、スパイっぽくてステキ!
 それにしても偉大なのは電波でございまして、何しろ奴は電離層にバコバコぶち当りながら、地球を七周り半してやって来るもんだからスゲエ。本来なら「まあ、これはこれはデンさん、遠いところをよくいらっしゃいました。さ、どうぞお上りになって、お茶でもあがってくださいよお」と接待せねばならんところだが、何といっても姿の見えないF117戦闘機並にステルスなこの御仁は、気づかないうちに我々の身体を反射したり、回折したり、突き抜けたりともう大変。中には「電波に命令されて」奇抜な行動に出る方もいらっしゃるくらいですから、その影響力たるや、これはもうはかりしれないものです。
 そうした空中に飛び交う驚異の電磁波を、FBなシャックに鎮座まします愛機9R59でもってバチッとキャッチしたときの喜びなんざ、何物にも代えがたいものでありますが、いくらBCLが好きでも履歴書の趣味の欄に“BCL”と書いたことないです。
 それにしても、いかにFBな受信機を所有しようと、きちんとした空中線を設計しなければ、これはBF。アタクシも小学生の頃は「ラ製」とか「初ラ」を見てアンテナ作ったもんです。最初は本に書いてあるように鴨居にリード線を張ろうとしたけど、集合住宅に鴨居なんてないので、屋上へ昇って他人のTVアンテナにケーブルをグルグルッと巻きつけて、そいつをずうっと垂らして、団地の側面すべてを使った逆Lアンテナを作ってみたら、これがスゲエよく聞こえて、もう海外の微弱な電波はとらえるは、国際電話やら業務無線まで入りまくりだったんですが、近所のテレビの映りが一斉に悪くなって、すぐにアンテナ工事の人がやって来て取りはずしていきましたね。
 それから、アレだ。ベリカードね。何か集めまくりましたっけ。引出し一杯分ありましたね。アレって今は価値とかあるんですか。鑑定団とかで500万円くらいになりますかね。北京放送から送られてきた干し鮑とか、そういうのもレアですか。
 いや、実際には放送なんて聞いてなくて、ただアンテナやらラジオなんかを工夫したり、電気消すは、冷蔵庫のコンセントまで抜くわで、いろいろ苦労した挙句、何かかすかな音がきこえる。そういうバカバカしさが楽しかったですな。だからクリアな放送なんて面白くないわけで、こう、フェイジングかかりながら、いカニモチキ・・ノウラが わ か き こ エ テ くるのガナントモ・・ゾチック って文章にフェイジングをかけてどうする!

 それから冷戦の時代でしたから、よくジャミングとかかかってました。ゴーゴー
 いわゆる妨害電波ですが、何か訳ありな感じがしてゴーゴーゴーゴーゴーゴーゴー
 あれはあれで聞いていて趣がゴーゴーゴーゴーゴーゴーゴーゴーゴーゴーゴーゴー
 むしろ主体ゴーゴーゴーゴーゴーゴーゴーゴーゴーゴーゴーゴーゴーゴーゴーゴー
 って、自分で自分にジャミング出してどうする!
 まあ、そんなわけでBCL熱は中学の頃まで続き、よく教室で持ち物検査なんかあると、不良の人はタバコが出てこないかとビクビクしてましたけど、アタクシのポケットから出てくるのはタマゴ碍子だったりして、大向こうを唸らせたものです。けど、その後は急速にロック系に興味が傾き、やっぱラジオよりはエレキの方が婦女子方面には通りが良いと。でもいっとう最初に作った曲は「あの娘とSINPO55555」という曲だったりする。
 と、ここまでいろいろ思い出しながら語ってまいりましたが、やはり何ですな。どうしてもリバイバルしないブームがあるとしたら、BCLがそうでしょうなあ。BCLとアメリカンクラッカー、これは二度と流行らないと思いました。以上。


 大魔王ネバーン

 シャカ・シャカ・シャカ・シャカ・シャカ・シャカ・シャカ・シャカ・シャカ……ふう。
 シャカ・シャカ・シャカ・シャカ・シャカ・シャカ・シャカ・シャカ・シャカ……

 日本人の朝は、やはりナットウですな。良くかんまして、何ともふっくらとしたところを、熱いおマンマにかけて召し上がるのが良うございます。しかし何ですね。豆を納めると書いてナットウ、豆を腐らせると書いてトウフ。こりゃ逆じゃろう、という基本的命題をいっそ哲学者のように気の遠くなるほど求め続けた結果、すっかり頭はバカになり、空ろな目つきでただもう機械的に、かんますべし! かんますべし! かんますべし!
 シャカ・シャカ・シャカ……。
 ところで、これ何でふくらむんでしょうねえ。一体、納豆菌の中で何やら化学変化でも起こるんでありましょうか。これ、際限なくかき回してたら、どんどんふくらんでって、何か未知のものが現れるんじゃないか、そんな妄想にとりつかれたりもしますが、こう、シャカ・シャカしてると、器の中からモクモクっと煙が上がって……
 モクモクモクモク……
 おおっ! 本当に出た!

 「呼ばれて、飛び出て、ネバネバーン! ワターシはナットウの精、大魔王ネバーンあるよネバネバ。まず、テーマ曲歌わせていただきますねネバネバ。
   ♪大豆は畑の肉ゥ〜
    良質なタンパク質ゥ〜
    まさに食品の王様ァ〜
    そしてその中の王様ァ〜
    ワターシは大魔王ネバーン…………ハハハハハハハハ!」
 「何だかやけに長い前口上でおおよそ分かったが、あえて聞く。いったいお前は何者だ?」
 「ハハハハハハ! よく聞いて下さりましたネバネバ。私はナットウよりの使者、大魔王ネバーン。私をお呼びになったご主人様、何なりとご命令をネバネバ」
 「すると何か。願い事でもかなえてくれると言うの」
 「ハハハハハ! まさにその通りネバネバ。ご主人様のお望みのものをここに……と思ったけど時間切れね、シュワ・シュワァー……」
 あーっと、消えちゃった。何なんだ今のは……そうか。ナットウをかき回して、ふくらむと現れ、しぼむと消えてしまうんだな。よし、もういちど呼んでみよう。シャカ・シャカ・シャカ・シャカ……
 モクモクモクモク……

 「再び呼ばれて、ネバネバーン。大魔王ネバーンあるよネバネバ。またここで、テーマ曲行きますネバ。
   ♪大豆は畑の……」
 「おい、歌なんか歌ってないで、早く願い事きいてくれよ、時間ないんだから」
 「ハハハハハ! でも主題歌はやらネバ。これ、決まり事ネバネバ」
 「分かったよ、じゃあすみやかに歌ってくれ……終わった? よし、じゃあ願い事かなえてもらおうかな。えーと、何がいいかな。あ、そうだ。アレ頼もう。あのさ、84年型ポルシェの……おい、何しぼんでんだよ!」
 「ハハハハハ! 残念ネバネバ。ご主人様またも時間切れね、またお会いしましょう、シュワ・シュワァー……」

 この野郎、ナットウのくせにおちょくりやがって。こうなったら、絶対に言うこときかせる! シャカ・シャカ・シャカ……
 モクモクモクモク……

 「またも呼ばれて、ネバネバーン。大魔王ネバーンどえーす。まずはテーマ曲……」
 「おい、ふざけんな! 歌なんか後回しにして、まずは願い事かなえろ!」
 「ハハハハハ! 何て怒りっぽいご主人様でしょネバネバ。もっと植物性タンパク質を摂った方が良いですネバ。さて、願い事は何かな?」
 「よし、そうこなくっちゃ。そうだな、まず1億ほど用意してもらおうか」
 「ア、それダメね。そういうのダメ。金銭関係はダメ。もっと他のにして欲しいネバ」
 「え、お金ダメなの……しょうがねえなあ。じゃあ、アレだ。おら、セスナが欲しい……」
 「ア、それもダメ。高価なのダメ。もっと他のにして欲しいネバ」
 「何だそれ。大魔王なのにそんなのもかなえられないのかよ……うーん、じゃあ、絶世の美女と……」
 「アー、絶対にダメ。無理っぽい。全然他のにして欲しいネバ」
 「……ならば聞く。お前はどんなものなら出してくれるというんだ」
 「だから、このナットウに薬味を入れろ、とか。醤油をたらせ、とか……」
 「この野郎、しまいには張り倒すぞ! 何が願い事かなえるだ。これじゃダマシじゃ……おい、待て、消えるんじゃねえ! 仕方ないからネギとカラシでも入れてから帰れ!」
 「ハハハハハハ! お望み通りに! ワターシ、ナットウを美味しくする、大魔王ネバーン。これからも活躍を期待してね。ではまた来週ネバネバーン!」

 ……ふう。夢はナットウの如くしぼむなあ。まあ、ナットウの大魔王なんてこれくらいが限界なんだろうか。ははは……はあ。ついでに生玉子も落としてもらうんだった。


 The Jackpotman

 何かの非常な力で押し出された瞬間、オレはいきなり市場通りをものすごいスピードで走り出していた。
 通りを行く車を次々に追い越し、買物客が、アーケードの店々が、見なれた風景が矢のように過ぎていく。自分の意思ではない。何者かに操られるように、足が勝手に動き、人間技とも思えぬ速度でオレは走るのだ。「佃権」の角をクイックで曲がり、そのまま突き当たりまでまっしぐら。波除神社に飛び込み、鳥居の周りをクルクルッと数十度回った後、すっ飛ぶように海幸橋を市場内へと踊り込んだ。
「ばかやろう!」「気をつけろい!」「オーマイガ!」
 人にぶつかるたびに、オレはピンポン玉のように右へ左へ弾かれ、目の前がチカチカと光った。耳をつんざくような怒号が機械音じみて響きわたる。と同時に、この世の終わりのような色をした空には、それが何を意味するのか、不可解な数字の羅列が明滅をくり返しているのが見えた。オレは魚のアラ箱に頭から突っ込み、勢いあまって茶屋を端から端まで滑ると、木箱が散乱し、魚が周囲にぶちまけられた。ドサリと落ちたのはベルトコンベアの上で、そのまま製氷機の取込口に飲まれ、すぐに50センチ立方の氷の塊となってノズルの先から飛び出した。それを待ちかまえていた怪力自慢の大男が、裸の上半身をブイブイ言わせて巨大ハンマーを最大遠心力でもって叩きつけると、打ち砕かれた氷の中から、さらなる加速度で飛び出したオレは、魚がし横丁を目にも止まらぬスピードで客の間をぬうように数回往復し、それから「中栄」に飛び込んだついでに辛口インドカレー大盛を注文するのだった。
「はい、インド大!」う、うめえ! 数十種類のスパイスと新鮮な野菜を丹念に炒めた秘伝のルーが五臓六腑にしみわたる。が、それもつかの間、店を出たオレは再び勢いよく走り出さずにはおれない。カレー屋で思わぬボーナス点を稼ぎ、空に光る数字は桁がはね上がって、とてつもない数値になっている。オレは一直線に時計台方向に走っていくと、いきなり横合いからやってきた電飾トラックにぶつかって、3時の方向に飛ばされた。その先には市場の正門が口を開けている。
 ああ、あそこを抜ければこの忙しい世界から脱出できるのか! 
 そんな期待が胸に芽生えた時、突然、門の両側から理不尽な塀のようなものが現れてオレを弾き返した。再び仲卸店舗を突き抜けて今度はセリ場にすっ飛ぶと、所せましと並ぶマグロに次々にぶち当り、その一本一本に情熱的なキスをされた。そうして両脇にメジを抱え、オレは岸壁をひた走る。プラットホームのカーブに沿って進んでいくと、トラックからなだれのように降ろされる冷凍マグロの群に押し流され、再び正門へと向きを変えた。
 こ、今度こそ。しかし、またもや理不尽な塀のようなものはオレを強く打ち返す! いったいどこへ行ってしまうのか。通りの向こうからターレが突進してきて、オレを高く放り投げた。そのまま軽子が腰かけて一服している小車の上に落下すると、その反動で軽子が宙に持ち上げられた。軽子は一服する姿勢のままで再び小車に落ちて来て、まるでシーソのように再びオレが高く放り上げられ、立体駐車場の最上階まで飛ばされて、らせん状のスロープをゴロゴロと転がった。
 その時である。
 突然大地がグラリと激しく揺れて、周囲は真っ暗になった。世界は停止したかのように、不意にそれまでの喧騒も止み、シーンと静まり返った。これは大地震か? それともこの世の終わりなのか? もはや何物も動かなくなった世界を、オレは力なく市場正門の向こうへと落ちていくのだった。

    T I L T
 G A M E O V E R


 カメラ! カメラ! カメラ!

 「いやあ、クリスマスですな……」
 「クリスマスじゃないだろ! まだ11月じゃないか」
 「何だよメバチ、のっけから話のこしを折るんじゃねえ。いいんだよ。こういうのは季節を少し前倒しでいくもんなんだ。確かにこれを書いてる今は11月下旬だけど、クリスマスになってからネタ書いたって、載るのは節分の頃だからな。少しだけ未来を書く。これがコツというわけで」
 「ふううん、そんなもんかね。まるでテレビ番組の収録みたいだな……ところでメカジキ、その手に持ってるの何?」
 「ああ、これね。カメラだよ。今そこのセリ場で拾ったんだ」
 「え、デジカメ? ちょっと見して貸して、さわらして!」
 「おい、ひったくるなよ。こら、こっち向けるな。オレを撮るんじゃねえ! オレは光学機器には揮発性なんだ」
 「何わからないこと言ってるの。撮るよ、はい、笑って〜」

 カチャッ!

 「あれ、何よけてんだよ。何もない通路を写しちまったじゃん」
 「ふん、ざまあみろ。オレは高校の卒業アルバムにだって写ってないんだからな。こんな所で撮られてたまるかい。大体写真なんてえもんは……おい、何か出たぞ。ビュッと。ほら、お前の手もとだよ。それポラロイドじゃないのか?」
 「あ、本当だ。ポラロイドカメラだ。今どきこういうの珍しいね。ふーん、お、浮き出てきたぞ……ありゃりゃ、何だこりゃ」
 徐々に鮮明になっていく写真には、市場の通路で横転しているターレが写し出されていた。
 「ターレがひっくり返ってるけど、こんなもの今なかったよね。不思議だなあ。あれ? その横でぶっ倒れてるのは、こりゃキハダの奴だぜ」
 よく見ると友人のキハダが、ターレから投げ出され、石畳の上でぶざまに転がっている様子がありありと写っている。確かに不思議だ。今しがた、そこにそんなものはなかった。メバチは首をかしげて何度も写真を見ている。と、その時タイヤをきしませながら滑り込んできたターレが、オレらの目の前でゴロンと転がった。
 「アッ!」
 オレたちは同時に声を上げた。それが今見た写真の光景と同じだったからだ。
 「イテテテテテ!」
 キハダの奴は腰をさすりながら起き上がると、こちらを睨みつけた。
 「このばかやろう! お前らがそんなところにつっ立っているから、思わずハンドル切りすぎたじゃねえか。このボケ!  何だよ、何ボーッとしてんだよ。バカ面並べて。おい、手に持ってるそりゃ何だ。ちょっと見してみろよ。いいから貸せ!」
 キハダは写真をひったくると、それを見たとたんに真っ赤になって怒り出した。
 「この野郎! こんなもの撮りやがって! オレを笑い者にしようってんだな。何てえ野郎たちだ! いいか、金輪際お前らとは付き合わんからな! ふん、この極道共が!」
 ターレを蹴飛ばして起こし、怒って去っていくキハダをオレらは呆然と見送った。
 「なあメカジキ、これってどういうことなのかねえ」
 「どういうことって、分かるじゃないか。こいつはきっと、ちょっとだけ未来を予見するカメラってわけだな」
 「未来を予見するカメラ!? んなバカな」
 しかし、そんなバカな事があったのだ。このカメラの写し出すものは、いつもちょっとだけ未来の画像なのであった。なにげない風景を撮っても、そのどれもが驚きの連続だ。なぜなら写真に写し出される光景が、すぐに目の前に再現されるのだから。
 「そうと決まったら、行くところはひとつだな」
 「そりゃそうさ」
 オレたちはカメラを持って出かけた。どこって? もちろん競馬場に決まってるさ。


 カメラ! ……の続き

 さあ、やって来ました! 年末のGT有馬記念!
 年の瀬に来てあぶく銭を手に入れようという亡者の群で場内はいっぱいですな。しかし、勝者はこのオレたちと決まっているってわけ。何しろこの未来を写すカメラがあるんだからな。
 オレたちは人波をかき分け、観客席の最前列まで行くと、電光掲示板に向かってシャッターを切った。

 カチャッ!
  
 「果たしてどういう結果が現れるか」
 「こりゃ見ものだね……お、写ってきたよ。何だって、マンハッタンカフェにアメリカンボス?」
 「ウソだろ。オペラオーもメイショウも来ないのかよ? いいのかな、これ買って」
 「いいのかなって、このカメラの力を信じなきゃダメだよ。勝負に出ようよ」
 「それもそうだ。よし、行くぞ馬番連勝一点買いだ! おいメバチ、お前いくら持ってる……5千円? しみったれてやがるな、ってオレも5千円しか持ってねえんだ。二人合わせて1万で勝負だ!」
 
 
 「ドヒャーッ! 本当に来やがった、1−4だーっ!」
 「そ、それでいくら儲かったの?」
 「すげえ! 馬番で48650円もついた! こりゃ史上最高だぜ!」
 「うへえ! よんまんはっせんえん! じゃあ5倍近いじゃん!」
 「そうじゃねえよ。ひと桁違う。1万買ってるんだから、48万だ! ……おい、メバチ、なに腰抜かしてるんだ」
 ところが、実際に払い戻してみるとさらにひと桁違って480万だったものだから、今度はオレが腰を抜かしちまった。

 「メシーモヤッサイッポンヨドー! ウヒャヒャ、ウヒャヒャヒャヒャ!」
 「おい、メカジキ! 意味の通じないこと言って狂喜してるバヤイじゃないよ。大金持ってるんだからね。誰かにつけ狙われて、包丁で刺されて持ち逃げでもされちゃったら大変だよ」
 「おお、そうだ。その通りだ。メバチ、お前こんな時でも冷静沈着だね。よし、それじゃあ、なるべく暗い顔で、うつむいて歩こう……」


 「乾杯ーッ」
 その夜、メバチの家で祝杯を上げた。
 金持ちの生活に慣れていないオレたちは、とりあえず鰻と寿司と天ぷらとカニと焼肉という具合に、手当たり次第に好物を買ってきてテーブルに並べた。そして、シャンパンとワインとビールと日本酒を飲った。
 「いやあ、拾ったカメラにこんなすごい力があるなんて」
 「ああ、これから毎週競馬に繰り込もう。このカメラがある限り当たりまくりだぞ。もう一生楽して遊んで暮らせるんだからな。河岸の仕事なんて、おめ、バカバカしくてやれっかってんだ」
 オレはワインをひっかけるメバチに向けてシャッターを切った。

 カチャッ!

 「なあ、今撮っても、何分後かのオレが映るんだろう」
 「そうだ。お前は飲むとすぐにつぶれてしまう。だからきっと酔っ払ってぐでんぐでんの姿が映ってるんだ」
 「お前ってイヤな性格してるねえ」
 オレらは笑いながら写真の出来あがりを待った。果たしてメバチはどんな顔をしているのだろう。本人もにやにやしながら待っている。しかし、画像が浮き上がってくると、オレらの笑いはすぐに凍りついた。そこに映っていたものを見たから。ああ、その写真といったら。そこには、見も知らぬ男が立っていた。その手には刃物が握られ、血のりでべっとりと濡れている。そして、男の足下には転がる二人。顔が見えなくともそれが誰かはすぐに分かる。その無惨に切り裂かれた下腹部からは、どくどくと噴出する鮮血の色もすさまじく……


※ ※ ※ ※ ※

 「というわけで、前回、今回とショートストーリー風にいってみました」
 「ちょっとオチが陳腐だったかもね……」
 「うるせえ! これでもオレは頭悩ませてんだぞ。とまあ、それはそれとして、今年も残りわずかとなりましたな」
 「今これを読んでくれているアナタの未来をこのカメラで写してみましょうか」

  カチャッ!

 「ああ、出てきました。ほう……なるほどね」
 「どれ見せてみろ……ふーん、そうなの」
 「……まあ、何はともあれ皆さん良いお年を!」
 「来年もよろしく頼むよ!」


 “痛〜い”話

 「イテテテテ! 小車に足ィ踏まれちゃったい! しかも冷凍マグロ満載のやつ。寒いから特に痛えよお……」
 「ちっ、何やってるんだよメバチ。いったい何年河岸にいるんだ。まるで初心者じゃねえか。だいいちそんなケガ、オレに言わせりゃ痛いうちに入らないね。いいか、男てえのは背中をズバズバ切り刻まれて、そこに溶けた鉛を流しこまれた時にはじめて痛えと言うもんだ。それを何だ、お前は。それっぱかしのことで情けねえ。」
「人が痛がってるのに何て奴だ。見ろよ、爪が剥がれかかってるんだぜ。」
「だからお前はお坊ちゃん育ちだってんだ。本当に痛いというのはそんなもんじゃない。オレさまのようにワイルドな毎日を過ごして来たら、もうケガだらけよ。お前なんかの想像を絶するような痛え目に何度も遭ってるんだからな。真の痛みを知ってる人ってワケ」
 「また偉そうに。それならお前、どんな痛い目に遭ったってんだよ」
 「聞きたいか。じゃあオレの数々の痛い話コレクションの中から、今日はいくつかご披露するかね……そうさな、まずは小手調べにこれから行くか。“かけめぐる注射針”」
「へっ? 何それ」


 かけめぐる注射針

 あれは、そう。オイラが小学校2年のことだ。その頃はまだ予防注射なんてのが年に何度かあってね、その日はツベルクリン摂取の日だった。それでクラス全員が恐れおののいていたのだが、オイラは全然平気だったね。注射なんて針がささった瞬間にグッと力を入れれば痛く感じないって誰かに聞いていたんだ。だから余裕しゃくしゃくで順番を待って、さあ今しも腕に針がささるってその瞬間に、ぐーっと力をこめまくりました。そしたらポキリッ! 注射の針が先っちょで折れちまいやんの。それが痛いのなんの。何たって針ささったままだもんな。でもそれよりも、「ドヒャーッ」とか時ならぬ声を上げてパニクッてる医者と看護婦の姿に驚いてね。こりゃあ大変なことなんだと真っ青になっちゃったよ。しかも、針の一部が腕の中に入り込んで取れない。仕方ないから自然に出るの待ちましょうってことになった。無責任だろ。とにかく出るまでは運動禁止でね。しばらくズキズキ痛かったね。

 「それで針は出たの?」
 「2ヶ月くらいして、背中がチクリッとして、あれ? と思ったら、そこから出てきたよ〜ん。」
 「アンタは手品師かい。何で腕から入って背中に出るんじゃ!」
 「だからさ、針が身体中をかけめぐっているわけ。運悪く心臓を通過したら、それは死。」
 「……痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い!」
 「さて、じゃあ次の話行こう。だんだん痛くなっていくからな。これでどうだ。“ひざ小僧に砂利が100粒”」
 「あ、それスゴク痛そう……」


 ひざ小僧に砂利100粒

 オイラが子ども時代を過ごした東京の郊外では遅れてきた都市開発とかで、それまで田舎道だった所が一気に舗装されたんだな。あの舗装したての道ってのはさ、細かい砂利が、それも砂みたいな石の粒がビッシリと敷きつめてあるのね。あれってよくすべるんだよ。で、オイラたち悪ガキはその道を自転車でスピンをかけながら、ドリフト走行をして遊ぶわけ。オイラはチャリの操作には相当自信があったからね、こいつはまた思いっきり車体を傾けて突っ込んだね。で、左ブレーキをギュッと握ったとたん、ひょいとバランスをくずしてひざをついちまった。そのままズザザザザザ……と円を描くようにひきずっちまって、ナマ足のひざ小僧はズタズタ。今でも傷が残ってるけど、そん時は血がダアダアと出て止りゃしない。近くにいたオッちゃんが近所の石田医院に担ぎ込んでくれたんだけど。いや、ひでえ状況だ。細かい砂利粒がもう100個くらいってのは大袈裟だけど、もうびっしりと傷口に入り込んでやがるんだ。石田医院のオヤジはオイラの足ンとこにズブッと麻酔を注射しといてから、こう、ピンセットで一粒づつ取り出そうとするわけ。これが思わず飛び上がるほど痛えのなんの……

 「でも麻酔してるんだろ。何も飛び上がらなくても。」
 「それがあのヤブ医者! 効いてねえんだよ麻酔。ちゃんと確かめもせずに、いきなり傷口にピンセットの先をズブリッ……」
 「……痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い!」
 「というわけで、痛い話はまだ続くんだけど、長くなるから残りは次回ということで。」
 「え゛ー! 次回も続くのかよお。うんとヤダなあ。聞いててこっちが痛くなってくる感じ。」

 「何言ってんだよ。ここからが本当に痛いんだ。聞いていて身もだえしちゃうぜ。もうお前を“鉄の処女”に抱かせて扉をきっちりと閉めちゃうぞ! ってくらい痛え話だ」
 「うへえ! 何てサディスティックな。ていうかマゾヒスティックな。あれ? どっちだろう……」


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