早寝早起き、冬眠までする魚

 人間さまが朝起きて夜寝たり、クマが冬になると冬眠するのは当たり前のことだが、これが魚だったりしたら意外な感じがする。
 ベラって奴は、正確に日の出と共に目覚めて、日没になるとさっさと寝てしまう実に規則正しい魚だ。しかも寝るときは海底の砂を掘って顔の片側だけ出して、横になってグウグウ眠るというから、トボケタ野郎ではないか。そればかりか、12月になって水温が下がり始めると、砂にもぐったまま4月の水の温むまでエサも食べないで冬眠してしまうという、まあ変わった習性の魚は多いが、こいつは特別だな。
 特別といえば、実にケバケバしいド派手な姿も独特のものがある。原色の絵具を塗りたくったような色で、オスは青色、メスは赤色をしている。それから身体全体に9本の赤い点線の模様が走っているから、「キュウセン」とも呼ばれているぞ。
 このドギツイ色のせいで、関東ではまるで人気のない魚なのだが、関西では南蛮漬にしたり、煮物にしたりと、なかなかの人気者。アライにするとスズキよりも旨いなんぞと言われておるから、見た目にダマされないで一度食べて欲しい魚だ。
 ははははは。


 アジはクラゲの子?

 さあ、これから暑い盛りまではアジが一番うまい季節であるな。
 このアジというのは煮て良し焼いて良し干して良し。それに大量に獲れるからいつも安心して食べられる。そのうえ養魚場ではブリやサバのエサにまでなってしまうというのだから、こんなにありがたい魚はないぞ。日本の食卓を支える縁の下の力持ちとして、うんと感謝しなければならん。
 さて、一匹のアジが一度に産卵する数は大体二万粒から何と五十万粒にも達するといわれておるが、不思議なことに卵を抱えた産卵魚にお目にかかることは滅多にないという。だからどこで産むのかまったく知られていない。多分、沖合いはるかなところで、人知れず産まれるのだろうが、多くは謎だと言われておるな。
 もうひとつ変っていることがあって、卵からふ化したアジの稚魚というのは、クラゲと共生する習性があるということだ。クラゲのかさの下に出入りして、外敵から身を守るのだが、一匹のクラゲのなかに数十匹から数百匹も隠れていたりするというから驚きだな。そうやって2,3ヶ月、アジはひ弱な時期をクラゲの庇護の下に過ごすために、クラゲはまさに育ての親というわけだ。
 ふふん。


 一尾ン千円もするアジ

 前回に引き続きアジのお話だ。
 アジは安値くて美味しくて気軽に食べられる。実にうれしい存在であるが、あまりに手軽だから、皆の衆はアジをたかが大衆魚とナメておるであろう。ところが見くびってはいかんぞ。アジのなかにも浜値でキロ何千円とするとんでもないヤツもおる。キアジというのがそれで、別名瀬つきアジとか根付きアジともいわれているマアジの仲間なのだ。
 日本近海のマアジのほとんどは、沖合いを回遊しているやつで、これを定置網などでごっそりと水揚げし、スーパーなどにズラリと並ぶことになるのだが、なかには沖を泳ぐのはまっぴらだ。俺ぁ、近場でノンビリするさ、などというなまけ者がおる。このお気楽連中は湾や浅瀬なんかのエサの豊富な場所に生息し優雅な生活をするものだから、身体に脂が乗ってくるんだな。つまり、とんでもなくマッタリとした高級魚に育ってしまったというわけだ。外見は平べったくて、背中のあたりが薄い黄色をしているから見ればすぐ分かるが、こいつはスーパーなどではまず見かけない。何しろ一本ずつ釣りあげなければならん。実に希少な魚だから、浜から高級料理店へ直行ということになるわけだ。
 もっとも近頃では養殖のキアジというのも出回っていて、当然安値いんだけど、むむ、こいつは脂臭いというか、よっぽど普通のマアジの方が美味かったりするぞ。あまりすすめられないな。
 やはり、初夏の夕間暮れ、ちょうど今頃の時期だ。ちょいと奮発して気の利いた料理屋などに入ってみる。そこで思い切って「キアジはあるかね?」などと聞いてみよう。「ありますよ!」主人は心得たとばかりに、すみやかにお造りをあつらえて目の前に出すであろう。値段なぞ気にしない。たまには身体と心に栄養が必要ではないか。ひとくち食べたとたん、ああ、しあわせ…。
 はははははは。


 ホヤを食べる人、食べない人

 世の中には大きく分けてホヤを食べる人と食べない人がいるな。両者の間に大した差はない。好きか嫌いかというだけのことだ。ただ、嫌いという場合には、見た目でもうダメだという人と、食べてみて、その風味にこりゃダメだ降参ですハという人とに分かれる。ナマコがそうであるように、この面妖なかたちをしたホヤを敬遠してしまうのも理解できるというもの。だが、まあ何とか食ってやれってな気持ちになるとしよう。奇妙なかたちをしたのは殻で、こいつを割ると中に橙色をした身が詰まっている。それを口へ運んだとたん、そのクセになる味にすっかりまいってしまう、という人が大体半数もいようか。むしろ変な味だし変な匂いがすると投げ出してしまう人が半分くらいだな。ホヤに対して人は、一生病みつきになるか、無縁の人生を歩むかどちらかというわけだ。だからホヤ好きというだけで特定の人種だと思って良い。いばって食べようではないか。はははははは。
 さて、そうした選ばれしホヤ食いのために、今日は魚河岸からそのままのホヤを仕入れたときの食べ方を紹介しよう。まずは家の人たちに「どうだいスゴイ姿だろ」って自慢する。そうして、やおら厨房に入り、この難物を手早くさばいて尊敬されてしまおう。最初に殻の上下の端の部分を切り落とす。それから縦にスパッと切ってやれ。断面にから中身を取り出す。たったこれだけなのだが素早くやるとカッコイイ。それで、黒っぽい部分はハラワタとフンだから捨てるぞ。そうしてキュウリを薄切りにして、酢の物にしてしまおう。このとき、切った殻に含まれているホヤの汁を酢にちょっとだけ加えるのがポイント。ホヤの魅力を最大に味わえること請け合いだな。
 ふふふふふ。

 
 渓流で冷やしたビールとともに

 初夏の日射しがふりそそいで、何ともすがすがしい季節になったが、アーバンな生活を送る者たちは、季節のうつろいを感じる間もないほど忙しいな。だが、頭がストレスでパンクする前に、ちょいとしがらみなんぞはわきへやって、たまには緑のあるところに出かけてみるのも良いものだ。
 今の季節なら山歩きが良い。別に登山というほどではなく、何とはなしに山道をブラブラしてみる。ふとした谷間に小川のせせらぎも聞こえよう。見上げるような樹々の葉を通して、まぶしいくらいの木洩れ日が目をくすぐりもしよう。歩き通して火照った足を川に入れたときのヒンヤリ感がたまらない。
 山小屋のオヤジは渓流で冷やしたビールをふるまってくれた。美味い。ふと、ビールは冷蔵庫で冷やすもんじゃなく、やはり川にあるべきだという気になってくる。
 オヤジが差し出してくれた肴は、朴の葉にくるんで焼いた川魚。朴の葉の香りがしみこんで、えもいわれぬ谷の味がしている。
 「亭主、これは岩魚かな?」
 「いいやアマゴですよ」
 イワナは谷の上流に棲むが、アマゴは下手にいるという。朱色の斑点がとても美しい。
 「今の時期は、イワナよりもアマゴの方が味がいいんですよ」
 なるほど、この清々しい味わいは、食する者をこの谷の自然に包まれているかのような気にさせる。
 はらわたは食べないのかね、と聞くとオヤジは笑いながら、
 「アマゴはひどい雑食でね。イモムシ、ムカデ何でも食べる。ワタを食ったらひどい目にあうよ」
 カワセミの鳴く声がうるさいくらいだ。もう一本ビールを所望するとしよう。



食べてめでたい出世魚

 魚の中には成長にともなって呼び名の変わる、いわゆる出世魚ってやつがけっこう多い。
 たとえばスズキ。こいつは幼魚がセイゴ、中年魚がフッコ、成魚がスズキというふうに変化する。ボラは幼魚をオボコとかスバシリといい、中年魚がイナ、成魚がボラ、さらに特大魚となったのをトドと呼ぶぞ。もうこれ以上デッカくはならない。「トドのつまり」って例えはここからきてるな。
 クロマグロも出世魚だ。こいつの幼魚はカキノタネなんぞと呼ばれる。あの堂々とした体躯の魚も赤子のときはホントに小っちゃい。で、これが大きくなるにしたがってコメジ、マメジ、メジ、マグロとなる。マグロの特大魚をシビなどと呼ぶこともある。
 最もたくさんの呼び名を持つのがブリだ。これは地方によってさまざまに呼び名が変わる。東京じゃあワカシ→イナダ→ワラサあるいはハマチ、そしてブリとなるけど、これが瀬戸内海の方じゃモジャコ→ハマチ→メジロ→ブリとなるし、九州ではワカナゴ→ヤズ→コブリ→ブリとなる。
 こうして呼び名を変えるというのも、何も魚の方から「今日からワタシ、名前が変わりました」なんてハガキが届くわけでなく、あくまでも人間の都合だ。出世魚は成長段階で風味が異なるし、その価値も変化する。そこで勝手につけた名前というわけだな。たとえばコノシロとその幼魚のジャコとじゃ、食べ方も旬も全然違ってくるし、まったく別の魚と考えても良いわけだから名前を変えるのは正解であろう。
 ところで出世魚は縁起が良いとされ祝膳に上がる。これは、昔の世では出世と共に名前を変える習慣があり、それになぞらえたわけだ。かの秀吉公なぞ何度も名前が変わってるであろう。さしずめ秀吉を出世魚に例えたら、幼魚がヒヨシ、中年魚がキノシタ、成魚がハシバときて、特大魚はタイコウというところかな。ふははははは。



 穴があったら入りたい

 このあいだ水族館に行ってみた。普段から魚は魚河岸で見慣れておるが、実際に泳いでいるヤツラを観るというのも一興であろうとな。で、エビだタコだとつらつら眺めてきて、ウナギ目アナゴ科の水槽のところで、我輩の足がピタリと止まった。
 そこは直径がおよそ15センチほどの筒状の穴がしつらえてあって、20匹ほどのアナゴがビッシリすし詰め状態で顔をこちらに向けている。それが何とも愛嬌のあるトボケタ顔をしてるんだが、どこか達観しているというか何事にも動じないって意思すら感じられるのだ。ああ、こいつらには不景気もテロも年金問題も眼中にはない、ということは分かる。
 我輩もこれで人生いろいろとあったから、時には穴の中に身をひそめてしまいたくもなる。水槽のアナゴたちになんぞか思いをはせる瞬間もある。が、やっこさんたちが厭世観を感じているかは分からんがな。ただ、アナゴってのは「穴子」という字のとおり、穴の中に入り込む習性がある。河川や湖沼では岩や石の間にいたり、砂に穴掘って隠れたりする。
それで夜になるとノコノコと出てきてエサを探すんだが、漁師はそこを網ですくって獲る。だからアナゴ漁は夜に限るぞ。夜釣りなんかに出ると、船の上で獲ったばかりのやつを船頭さんがその場で調理してくれるが、こいつ一番美味いな。特にこれからの季節は夏アナゴといってビタミンAを豊富に含んだ最高の食材であろう。ウナギと同じで関東は背開き、関西は腹開きだが、脂肪がウナギの半分くらいだから、天ぷらにしても蒲焼にしても食感はずっと軽い。しかし、よくぬめりを取らないと生臭くなるから、自分で調理する時は注意が必要だぞ。
 それからアナゴの稚魚にノレソレというのがおって。2センチばかりの透明で偏平なやつ。こいつの季節は春先に限られるんで、今年はもうお終いなんだが、酢の物やにぎり寿司なんかにすると最高。来年、そう、梅の咲く頃に寿司屋を訪ねたら、「ノレソレあるかい?」って注文すると良い。プリプリした食感にきっとビックリするに違いないな。ふふふふふ。 



 食べてシロギス、釣ってアオギス

 「6月のキスは絵に描いたものでも食え」なんぞという。意味はな、何だっけ? ちょっと分からんが、まあ6月のキスは最高だということだな。6月といっても旧暦だから、今でいうと真夏の頃にあたる。
 キスには大きく分けるとシロギスとアオギスがあってな、体に斑紋があって腹が白いやつがシロギス。これよりもスマートな形をして尻尾が黄色く、黒点模様を持つのがクロギスだ。
 味はシロギスの方がずっと良い。ふつうキスといえばこのシロギスのことを指す。一番身近なのは天ぷらであろう。エビ、アナゴと共に天ぷらクリーンナップの一角を担う、まあ打順でいうと3番バッターという役回り。我輩はこの季節、急に天丼が食べたくなるのはまさにキスが食べたいからに他ならない。他にもフライにしたり、お造りや姿焼きにしても絶品だし、お吸い物の具にも良い。どのような料理にしても共通して「淡白な」とか「さっぱりとした」味わいが賞玩されるな。こう、どことなく美しさを感じさせる魚だ。魚河岸に並んだ姿だって、華奢でほっそりとして、箱入り娘のように、素性の確かさを現している感じがするぞ。
 さて、これに対しアオギスの方は味はちょっと落ちる。が、釣るには面白い魚として「食べてはシロギス、釣ってはアオギス」なんぞと言われる。というのもキスは実に警戒心が強く、ちょっとした音にも敏感で、船の影やエンジンの音にも驚くため、投げ釣りが効果的だったりするんだが、なかでもアオギスは特に音に驚く傾向が強く、それを息を凝らして釣り上げるのが醍醐味なんだな。
 かつて東京湾のアオギス釣りってのがあってな、「脚立(きゃたつ)釣り」って言うんだが、釣り人は浅瀬に脚立を置いてそこに座る。その空と海のはざまで、じいっと無我の境地で当りを待つ。戦前には盛んで、夏場になると東京湾にずらっと並んだ脚立が一種の風物詩だったそうだが、残念ながら現在はアオギスの数が激減して、それこそ絶滅の危機にあり、こんな風情もいつしか消えてしもうた。


 サカナを食べると、頭がこんがらがる

 ♪ サカナ・サカナ・サカナ 魚を食べると〜
 ♪ アタマ・アタマ・アタマ 頭がよくなる〜
 なんぞと歌っているが、ありゃウソだな。魚河岸の連中なんて毎日魚を食べておるが、頭の良いやつは皆無だからな。みんな頭のなかはハレホレしておる。
 だいいち水産業界ってものが、どこかいいかげんというか、あまりきちんとしてないところがある。その最たるものが魚名のつけ方だ。
 まず、日本と外国とで魚名が一致してないということがあるな。日本じゃカツオとマグロは別物だ。そのくせカジキはカジキマグロなんぞといって同類とされておるがな、これが欧米じゃあカツオはツナと呼ばれマグロと同一視され、一方でカジキはまったくの別種と認識されている。そんなことで名前の行き違いから外国との取引では思わぬ失敗をすることが少なくない。電話でやりとりするにもお互いが魚類図鑑なんかで英語名を参照しているんだが、この図鑑にしてからが世界的に統一されておらず、国によってめいめいに書かれてるんだからどうにもならん。そんなことで何度もトラブっているのに、それを是正できないのだから、あまりアタマが良いとは言えないんじゃないかな。
 だが英語名の不一致なんぞはまだ良い。一番複雑なのは和名だ。何しろ世界有数の魚食国日本では地方によって魚を細かく呼び分けておる。たとえばゴツイ外観をしたマツサカウオは地方によりカゲキヨとかグソクなどと呼ばれておるが、別な地方ではグソクはイットウダイのことをいい、また、エビスダイをグソクダイと呼ぶところもあるといった具合だ。まあ、地方色豊かともいえるがな。しかしサバフグは毒がないときいて食べたら中毒を起こした。よく調べたらその地方では猛毒を持つゴマフグをサバフグと呼んでいた、なんて場合には大変なことになるわけだ。
 魚名っていうと学者とかがしっかりと認定するような気がするけど、全然そんなことはなく、一般に使われている名前をあてはめていることが多い。ウナギ、コイ、アユ、サバといったのは一次魚名といわれ、短い音節のどこでも通用するもので、これに形態や産地を示す二次魚名というのを重ねて、イボダイとかマサバとかヒラスズキとかいう名が生まれるのだが、ギンダラみたいに正式名称にカッコ付で(タイではありません)と表記するやつまで出てくるんだから、いろんなサカナを食べると、頭がこんがらがる〜ということになるわけだ。


 カツブシのあるシャコをくれい!

 実はシャコが大好物でのお。ガキの頃に親父に連れていかれた寿司屋ではじめてこいつを食したのだが、それにはちょっとした勇気がいった。というのも、学校の図書館で「さかな図鑑」みたいな本を読んで、こいつの本当の姿を知っていたからだ。なんか怪獣みたいであろう。たしかウルトラマンにこんなやつが出てきたであろう。他の怪獣に食われてしまうあわれなやつ。そいつにそっくりだ。まだ幼少のみぎりだった我輩は、頭と手足落とされてデフォルメされたとはいえ、かなり奇怪な姿に食べるのを躊躇したものだ。だが、親父殿が「うまいから食ってみろ」なんぞと言うので、恐る恐る口にしたところが、う・ま・い…。いや驚いた。見栄の悪いやつほどうまいという勝手な神話が自分のなかに生まれた瞬間だな。
 それ以来病みつきになっておるわけだが、近頃じゃあ市場人という立場を活かして、わざわざ加工場に足をはこんで茹で上げたばかりのシャコを頂いてる。いや、こいつはな、茹で上げてすぐ食べるのが絶妙の味わいなんだ。水揚げしたばかりのやつを大鍋でグラグラ茹でる。温度が低いと水っぽくなるから煮えたぎった湯で短時間で仕上げるのだが、この茹でたてを手に持ったはさみ……「シャコばさみ」というがな、植木屋のはさみみたいに刃先の長いやつ。実はマイ・シャコばさみを持っておる……こいつで頭を落とし、殻の両側を切って身を取り出す。シャコは具足煮や天ぷらにしてもうまいが、何しろ茹でたてはそのまま食べるのがいちばん。口の中に何ともいえない甘みがひろがり何ともたまらん。。
 6月から7月にかけて産卵を前にして卵をかかえたシャコが獲れる。寿司屋で卵つきが出てきたらラッキーだぞ。この固い卵巣のかたまりを「カツブシ」という。「カツブシのあるやつをくれい!」と言うと出してくれるよ。勇気を出して言ってみよう。


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