渋い大人なら注文したい「エンガワ」

 ヒラメとカレイとは、よく対比される。皆も存じておろうが、復習のために確認しておこうか。両目が左側にあるのがヒラメ。右側がカレイ。
 ヒラメとカレイはなんとなく似ているが、実は全然違う魚。ヒラメの漁獲高といったら、これはカレイの1パーセント程度。値段だってこーんなに違うぞ。ヒラメが高級料理店ならカレイは小料理屋。楽器にたとえるならピアノとオルガンみたいなものであおうか。いや、今回はカレイをこき下ろそうというのではない。ヒラメとカレイに共通する、一番美味なところ、「エンガワ」について話そうと思う。
 ヒラメもカレイも、背びれ、尻びれのつけ根のところに「担鰭骨(たんきこつ)」ってのがずらりと並んでいて、これが一本一本、実に微妙に動く。これを動かすために骨と骨の間に細かい筋肉がついており、皮をはぐと、磨きこまれた縁側のようなので、この言い方がされるようになったという。この部分がヒラメ、カレイの特長で、とてもよくしまっている上に、まわりに脂肪を抱いているので実に美味いわけだ。
 この「エンガワ」の美味さ。これはやはり渋センであろうな。もういろいろと食ってきて、ちゃらちゃらした食い物なんぞは飽きた。そんな酸いも辛いも噛み分けたような「大人」が、料理屋などで「……エンガワ」などとボソリと注文したい。逆にガキとかが「うん、ボク、エンガワね!」なんて言ったら 張り倒したくなる。そんな渋い大人の注文する食べ物である。


 誰が最初にナマコを食べたのか

 なじみの小料理屋かなんかで、小鉢に盛られた酢のもののナマコには、思わず箸が出てしまうが、こいつの生きてい姿、あのヌメヌメ、ドロンとした身体を見ると、ちょっと尻込みしてしまう。「こんなもん、最初に喰った奴はすごい」と、うなってしまうぞ。
 とくにコノワタ。ナマコは急に温度があがったり、怒ったりすると、尻から腸を吐き出してしまうが、それを水の中でしずかに泥をしごいて取り、塩辛にしたやつがコノワタで、もう酒の肴には最高! なのだが、出所を考えるとちょっと何だったりするぞ。
 意外なことにナマコはその奇妙な形のわりに、というか奇妙な体質ゆえに、とても健康的な食いものだ。それはナマコがとんでもなく強い再生力を持っているからで、こいつは何かと腸を吐き出すが、すぐに再生してしまう。胴体をスパッとちょん切られても元通りになってしまうというから恐るべしだ。この強い再生力に目をつけて、中国では陸の人参に対して海参(カイジン)の名をつけて、古来より強壮剤として食べてきたという。すると最初にナマコを食べたのは中国人かもしれい。
 何といっても食文化というのは、昔の人たちが身体を張って試行錯誤した結果である。ナマコのグロテスクな容貌に隠された高い栄養価を見つけた古人の慧眼と勇気には、敬服の念を禁じ得ない。


 寿司屋に入ったら、まずは「コハダね」と注文したい

 コハダというのは東京の呼び名で、関西じゃコノシロという。こいつは25pくらいまでで、とくに12、3cmくらいのをこちらでコハダと呼ぶ。
 単に呼び名が違うだけなのに、そのイメージは大きく異なるぞ。
 コノシロというと、何処か野暮ったい。「この城」に通ずるから、江戸時代の武家では「城を焼くとは何事ぞ!」と忌み嫌い、絶対に食べなかったという。馬鹿げた話だが、昔の人は言葉のイメージをとても大事に考えていたから本当に嫌った。また、大きくなったコノシロを焼くと、死んだ人の臭いがするなどと言われ、これも眉ツバだが、コノシロというのはどうもイメージが悪い。
 そこへいくと、コハダは、こう、どこか小粋なイメージがある。
 たとえば、寿司種の中に置いても、コハダといえば「いなせな若衆」というかたちで、町娘たちの人気を独り占めにしそうな雰囲気を持っておろう。これがマグロだとそうはいかんぞ。何か裏で悪いことをしているな、という印象をぬぐえない。とくに大トロともなれば大変だ。ムラサキにつけたときに脂がパッとにじむところなど、まさに悪役の風格。口に運んだとたん「おぬしも悪よのお」という代官の声が聞こえてきそうではないか。
 それはまあともかく、次第に寒くなってくると、寿司屋に並ぶコハダの銀色が光沢を帯びてくる。カウンターに座り、おしぼりを使いながら、まずは「コハダ」と注文する。するとツケ台の向こうの親父の目がキラッと光ったのを見逃さない。そう、1段高いレベルの注文だと見てとったわけだ。試してみるが良い。ベテランの寿司職人を向こうにして、寿司通が挑戦状を叩きつけた、その緊迫感あふれる空気を感じ取れるであろう。
 そのあと、「玉子ね」とか言うと、一気に緊張が崩れたりするがな。


 悲しき「しょっつる鍋」

 「しょっつる」という秋田独特の魚汁で、ハタハタをとうふやしらたきと一緒に煮込んだのが「しょっつる鍋」。東京にも冬にこいつを食べられるのを楽しみにしているファンがいる。かくいう我輩も大好きで、グツグツ言っている汁をくーっとやると、身体がポカポカしてくる。だが、温まるだけじゃなく、これを食べると、胸が熱くなる。それは、秋田にはハタハタにまつわる悲しいお話があるからだ。
 ハタハタは秋田、山形沖の限られた地域で獲れる魚で、地元ではブリコと呼び、深い愛情を寄せている。これは江戸時代の領主佐竹候が、水戸で食べていたブリの味をなつかしがって名づけたとも、あまりの美味に乱獲を禁じたのを「いえ、これはブリの子で」と猟師がごまかして食べたから、とも言われている。
 北の海では12月になると、しきりと雷が鳴る。地元では、この雷がハタハタの来る合図だと信じられていた。そこで荒天を押して漁民たちは舟を漕ぎ出していく。
 しかし、冬の海は荒れやすく、シケれば恐ろしい勢いで人の命を奪う。ハタハタ漁のために、数多くの漁民が犠牲となったという。
 今では、雷とハタハタの因果関係はないことが分かり、危険な漁業は行われなくった。しかし魚への愛着ゆえに、多くの生命が失われていった事実は、「しょっつる鍋」をどこかしんみりとした味にしてしまう。
 昔の人は、食べ物ひとつにも大きな犠牲を払ったのであろう。


 冷凍マグロの美味しい解凍方法

 凍ったマグロのサクを買ってくることは、普段はあまりないのだが、年末年始には河岸で買出ししてきたやつが、冷凍庫の中に並んでいたりする。
 最近の冷凍技術の進歩は目を見張るものがあるから、解凍次第で、生マグロよりもずっと美味く食べることができるぞ。そこで今回はプロの解凍方法をご伝授しようかの。
 まず、マグロがすっかり入るトレイとかボールなんかを用意する。これに水を張って、食塩をズバッと入れる。大体5%程度の塩水が望ましいぞ。
 そこにマグロのサクを沈める。およそ15分間放置だ。真ん中を指の上に乗せ、両側にしなる程度に柔らかくなれば良いぞ。
 なに、プロの解凍法たって、これだけなんだがな。ここでのコツは、水から出したサクをペーパータオルで包んで、指先で軽く押して、中の水分をすっかりと吸収させることだ。解凍したマグロが美味くない場合の理由の多くは水っぽさ。これは肉の内側に水分がたまっているため。そこでこいつを取ってやることで、じつに美味しくなるという寸法だ。
 ところで、冷凍マグロの解凍方法は、業者によって様々に違う。真水が良い、とか、ぬるま湯に食塩だとか、自然解凍にしろなんてのまで、いろんなことを言う。築地のマグロ屋の親父はみんな「いっこく」なので、自分のやり方が絶対に正しいと思っているぞ。「こうしなきゃだめだ、他の方法なんて眉ツバだからな」などと言い切る。
 だが所詮は経験則でやってることだからな。我輩のように科学的な裏づけをもとにしたやり方とは違う。そこで、ぜひ今回説明した方法でやってみることだな。
  他の方法はみんな眉ツバだぞ。
 

 海苔の話

 江戸時代の初めの頃、今の浅草あたりは入江になっていて、隅田川の流れがそこに入り込むところでは名産浅草紙の紙すきがさかんに行われておった。紙すきというのは、植物繊維を水中でからみあわせて、うすく平面状にのばして乾燥させてつくる。
 ある日のこと、紙すきの職人が、浅草の川辺を通りかかると、猟師の囲っている日々網(ひびあみ)にいつも「あまのり」が付着しているに気づいた。それが紙すきの原料とよく似た質感だったので、ちょっとした試みに、かれはそれを紙すきの要領ですいてみたんだな。薄くのばされた「あまのり」を乾燥させると、とても良い香りがして、口の中でとろけてくる。これが浅草海苔のはじまりといわれておる。
 江戸前でとれる海苔は「地っ子(ぢっこう)」と呼ばれ、江戸の鮨屋が使う海苔はこれに限られていた。特に正月の寒風が吹きすさぶ頃の地っ子は"くさ"がやわらかく、鮨に最適だったという。
 実際のところ江戸前の浅草海苔は、見事に黒光りするもので、今の海苔とは大分違ようだ。これは、「あまのり」の持つ色素、赤、緑、青、黄の四色がすべて健在だからこその黒さで、原料や製法によっても、また、湿気や光にあたったりしても、とたんに色が失われてしまう。
 現在ではそうした海苔の製造はごく限られたものとなり、真っ黒い海苔に出会うことは稀だ。便利さを求めたことで、ささやかながらも良いものが失われるという、よくあるケースであるな。


 のり巻バンザイ!

 前回は浅草海苔の話をしたので、今日はのり巻についておしゃべりしてみたいと思う。
 海苔というのは、その誕生からして巻かれる運命にあったようだ。というのも、海苔は紙すきからヒントを得て生まれたというのは前回お話したとおりだが、この紙すきにはスノコを使った。スノコはもちろん、ものを巻くのに使うわけだから、スノコの上に作られた海苔は、誕生時からすでにのり巻となるべく運命づけられたといっても過言ではないであろう。
 さて、浅草海苔が江戸の名産として普及し始めた江戸の中期には、まだ江戸前の握り鮨は生まれておらず、のり巻きもまた、上方ではじまったといわれている。
 天明期に大坂で出版された『豆腐百珍(とうふひゃくちん)』には、"浅草海苔に酢を打ち、飯の代わりにオカラを用いて、卵をつなぎに入れ、ごま油、酒塩醤油にて味付け、タイ、キクラゲ、クリ、サンショウを混ぜ"とあり、少し時代の下った享和期の『酢飯秘伝抄(すしめしひでんしょう)』という上方鮨の料理本には、"巻ずしには、タイ、アワビ、シイタケ、ミツバを用いる"と書かれている。ずいぶんと豪勢な具だが、この頃ののり巻には芯がなく、ちらしを海苔で巻くタイプだったことが分かるな。 
 上方の巻ずしが千葉の上総、下総に「太巻きずし」として伝わった。具をたくみにあしらって、「寿」の文字や「鶴亀」をかたどり、金太郎あめのようにどこを切っても出てくるという、のり巻独特の様式がこの時生まれたのだが、その始めは酢飯をズイキの煮付を芯にして海苔で巻いたものだという。つまり、上方の「ちらし」系のり巻きが江戸に下り「芯」の入ったのり巻になったわけだな。
 その後、握り鮨が爆発的にヒットし、それにともない、かんぴょうやマグロを芯にした「のり巻」が江戸前鮨の一員に仲間入りすることになった。
 「のり巻」というと、鮨では脇役扱いされがちだが、むしろこれこそ江戸前という由緒正しい鮨のひとつで、あなどれない存在ではある。


 もっとも「イキ」な食べ物は何か?

 「こいつあイキだね」といったら、それはもう大そう特別な褒め言葉にちがいない。なぜなら、すこぶる高価なものであってもイキとは言わないし、伝統的で高尚なものもイキとは無縁だ。ファッションなんかでも最新流行を着こなすとかえってイキにはならない。イキとはお金じゃ買えない、権威も通用しない、流行に左右されない、とても頑固で気難しいものだといえるからだ。
 イキとは江戸の美意識で、「意気」に通じ、「侠気」に富んだ反骨精神だという。だから「イキな人」といったら、権力に屈せず、金には見向きもせず、弱きを助け、強い者には徹底的に反抗するという人物、つまり現代には一人も見当たらない人のことになる。まあ、じつに淋しいことだが、そういうカッコイイ人は無理でも、イキな味の食べ物というのは口にすることが出来そうだ。
 では、どういうものがイキな食べ物か、ということで、調べてみると、九鬼周造(くきしゅうぞう)先生の有名な著書『「いき」の構造』によれば、イキな味というのは、第一にサンショウやワサビのように刺激の強い複雑な味わいのもの。第二には濃厚でなく淡白なもの。そして、"酸いも甘いも噛み分けた"というように"酸味"こそイキに通じる、というのだそうだ。
 ワサビと酸味の利いたといえば、まず頭に浮かぶのが握り鮨。これこそピリッとした酸味と淡白な味わいは、まさにイキな食べ物にはちがいない。
 だが一口に握り鮨といっても様々な鮨ダネがある。たとえばマグロにしてみれば、赤身はまだしも、トロなんかはイキとはいい難い。脂味が淡白とはいえないからな。ウニ、アナゴ、イクラなんてのもいけない。タコなんぞは淡白だが、どうもカタチがイキとは縁遠い。
 そうして考えてみると、最もイキな鮨ということになれば、やはりコハダであろうな。酢でしめたコハダ、これをちょいと斜めに握ったもの。こりゃあイキだろう。
 「坊主だまして還俗させて、コハダの鮨でも売らせたい」という俗唄は、昔の坊主は美男が多かったので、最もイキなコハダ鮨売りをさせてみたい、という意味だそうで、そんな引き合いに出されたくらいだから、コハダの握り鮨はもっともイキな食べ物といっていいかもしれん。
 我輩などは、イキなコハダ鮨を、イキというのは無理でも、せいぜいにオツに注文するようになりたい、とつねづね考えている。
 

 冬の夜の風物シラウオ漁

 広重の名所絵に冬の夜景の佃を描いたものがある。それは永代橋の下から遠景の佃島を見たもので、遠くにちろりと光るシラウオ漁のいさり火が、うっとりとするような幻想的な光景をつくっている、もしもこれを実際に見れたなら、どれほど美しかっただろうと想像されるな。
 実際のところ、東京湾の水もきれいだった戦前までは、佃のシラウオ漁は、東京の冬の風物詩だったという。
 シラウオは、徳川家康がとくに愛した魚として有名で、江戸に入ったときに、わざわざ故郷の三河から移植させたといわれておる。すきとおった身体に徳川の家紋の葵が映ったなどという伝説まであるほどで、家康は自分の故郷の魚を権威付けて、大切に扱うように命じた。
 そして、かつて本能寺の変の際に、苦難を助けてくれた摂津の猟師たちを江戸に呼び寄せ、佃島を与え、名誉あるシラウオ漁を独占的に行うことを許可したのだそうだ。
 そのため、佃のシラウオ漁は長く名物となり、それが失われた今も、佃煮として残ることになった。
 シラウオは、茶碗蒸しや卵とじにしても良いし、深川飯にしても美味。また、数匹ならべて串を打ち、ウニ焼きにしたものなんて、酒の肴に最適なので、寒い晩などは、こいつで飲りながら、失われたかつてのシラウオ漁の風情に想いをはせるなんてのも、しみじみとして良いかもしれんな。


 
  タラコはスケトウの卵

 魚へんに雪と書いて鱈(タラ)。美しい冬のイメージを感じさせる名の通り、厳冬期を代表する魚だ。それに比べると魚へんに底と書くスケトウダラは、なんとなく最下級の魚みたいな印象を受けるな。別に海の底に住んでいるわけではないのに、不当なあて字のような気がしする。
 実際にスケトウダラはマダラに比べてイメージは悪い。見た目は、旺盛な食欲で腹がでっぷりとしたマダラに対して、スケトウはすらっとしてなかなかにスマートなんだがな。
 特に昔の人はスケトウを嫌う。うちの親父なんかも大嫌いだという。
 それというのも戦争中、魚なんてなかなか口に入らなかった時代に、スケトウダラの配給が当時の日本人の大切なタンパク質の供給源だったことがあるからだ。本当なら感謝しなければいけないところなんだが、その頃の暗い時代の記憶が呼び起こされるのか、そればかり食べていて味に辟易したからか、スケトウのイメージというのは戦後60年たっても、ずっと悪いままだ。
 だが、知らない人も多いようだが、皆が大好きなタラコ。あれはタラの卵じゃなくて、スケトウの卵なのだ。スケトウの身はマダラよりも味が落ちるが、卵は美味。だから、スケトウなんてバカにしてる者が、意外にタラコを喜んで食べたりしている。
 さて、今の時期が生タラコの一番美味しい季節だ。こいつはどんなふうに食べても最高だが、我輩はイカと和えるのが大好きだ。これはなるべく鮮度の良いイカを線切りにしたものに、生タラコをたて目に包丁を入れて皮を開いて粒を出し、酒を少し加えてほぐす。この時、酒は入れすぎずにな。粒がほどける程度にしよう。「イカの真砂あえ」というものだ。酒の肴にも、飯のおかずに美味いぞ。
 ふははははは。


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