硬派な軟派

 まったく一途なやつだ。見た目も実際も軟らかいのに意外な硬派なのである。
 ミズダコ――数あるタコの中でも、こいつほど凄みのあるやつはいない。体長はでかいやつで3メートルにも達する。確か昔のB級SF映画で美女を襲う深海怪獣なんてのに登場したのがこいつだろう。
 北の海に住むこのタコの大親分は、オレ流を通すぞとばかりにやりたい放題をつくす。昼は棲家におとなしくしているが、夜な夜な散歩に出ては近くを通りかかった魚をつかまえて否応なく締め上げるぞ。足と足の間に膜があり、これをがばっと傘のように広げて得物を包み、毒を注入して殺してしまう、他の魚からは恐るべき存在にちがいない。
 ところがミズタコは食欲は旺盛だが、性欲となると、とんと弱い。月夜に結ばれると、雄は棲家に戻って死んでしまう。全身もあれもグニャッとなって息絶えてしまう。雌の方も卵を産んで三ヶ月ほど育てると、やはりグニャッと死ぬ。つまり、ミズダコにとって交配は死を意味するわけだ。生涯一エッチとでもいおうか、
 「自分は1回しかやりません」
 と高倉健ばりにストイックに言い放つかれらは実に硬派な軟派といえよう。
 この硬派野郎を人間は空鈎延縄というエサのついていない鈎で釣り上げる。エサもつけないとは、何て失礼な釣り方であろう。そうして、あとは焼こうと茹でようとどうとでもなれ。せっかくの硬派も形無しだな。
 ほほほほほほほほ。


 
 ソバ屋のエビ

 テキトーにエビが食べたい。いいかげんなエビを食べたい。なぜなら金がないからだ――そんなときのために、世の中にはタイショウエビというやつが控えておる。
 実にたのもしいこいつの存在をどれほどの人が知っているだろう。
 タイショウエビ、またの名をコウライエビといい、朝鮮半島の西側で晩秋から春にかけてさかんに獲れるやつだ。
 こいつはエビの中でも最下層として仲間からも蔑まれておる。何でもガツガツ食うし、図体ばかりがでかくても、まったくの大味だから、気品を身上とするクルマエビからは「はん! あんな奴といっしょにされたくないね!」と白い目で見られている。だがそんなことは一向に意に介さないかれらは、その旺盛な生活力によりバンバン繁殖していくぞ。
 そうして大量に海にあふれたタイショウエビは冷凍にされて日本にやってきて、全国津々浦々のソバ屋に出回ることになる。むっ、まさかソバ屋のエビと寿司屋、天麩羅屋のエビが同じものだなんて思ってはおらんだろうな。そんな誤解をしたら気位の高いクルマエビが気を悪くするぞ。
 まあ、何はともあれ天ぷらソバ。うまいのお。鍋焼きウドンにもエビは欠かせん。ソバ屋で食べるエビなんぞは、気軽に食せるちょっぴり贅沢な感じのする庶民食といえよう。これから寒い季節には心まで豊かになるあたたかみがあるぞ。
 冷たい風が頬を吹きつけると我輩はソバ屋に入って「天吸い」を注文して一杯飲る。これは天ぷらソバからソバを抜いた、つまりツユにエビ天がぷっかりと浮いているという代物。これが実にうまい。
 舌で味わいたければ一級品のクルマエビだが、心で味わいたければソバ屋のエビ、タイショウエビに限る。
 くううううっ。


 
 上には上がいる

 高級魚というとどんな魚をイメージなさるか?
 タイ? ヒラメ? 高級クロマグロ? アワビ? ふむふむ確かにどれも高い魚介類だのお。
 だが、もしお前さんが関西、あるいは九州などに住んでおるなら、高級魚の筆頭にハタを挙げるのではないかな。
 ハタ――関東ではあまり馴染みのない魚であるし、たまに市場に揚がっても高級料理店に直行だからお目にかかった者も少ないかもしれん。だが西日本では大変に人気の高い魚で、とくに水揚げの減った近年ではめっぽう高価になったにもかかわらず、よろこんで食べられている。
 ハタは刺身にしても鮨ネタとしてもたいそう美味いが、もっともいける食べ方は鍋だ。かの「てっちり」もハタの前では道を譲るというくらいの、まさに鍋の王者。
 そしてハタの中でもとくに絶品といわれるのが「アラ」で、九州ではフグよりもはるかに人気がある。ちょうど大相撲九州場所の始まる頃に旬となるため、この時期には人気力士にちゃんこの材料として「アラ」が贈られることは有名な話。
 ところが、この「アラ」の上を行くハタがあるというので我輩もビックリした。
 それは「アコウ」というもので、その刺身は史上最強とまでいわれておる。とくに瀬戸内海地方で愛され、アコウ狙いの漁師もいるし、専門の料理屋もあるそうだ。
 上には上がいるということだが、それは魚価という価値観でのこと。本当はどれが一番美味いか、実際に自分の舌で確かめてみたいものだな。


 
 ダブルでいこう

 これから甘エビがいちばん美味い季節になる。
 この時期の北海道や日本海で獲れる甘エビは、「ああ本当に最高なのは車エビでも伊勢エビでもなく甘エビよのお」と思わせてくれる。甘エビはほとんど鮨か刺身で食べるが、生に限定すればクルマエビやイセエビより上かもしれないと本気で思ってしまう。
 とくに殻つきの甘エビを買ってくると美味さ倍増、ダブルでその味覚を楽しめるぞ。
 つまりミソだな。頭をとって甘エビのミソをすする。それがなんとも濃いうまみで、口の中全体にエビが広がる。すかさず身の方を山菜醤油につけてパクッ! そのとき我が心はエビ天国のなかにぽっかり浮かんでいることにふと気づくわけだ。
 また、年末頃の旬の時期には、たくさんの卵を持っているやつに出くわしたりすれば、これはもう美味さ三倍満! これも豪快にずるずると啜ってみたいところだが、せっせと卵とミソを小皿にでも絞り出しておいて、二、三尾たまったところで一気にいくと、昇天! これはもうノックアウトの味だ。
 こんなふうにダブル、トリプルの楽しみがある甘エビだから、ぜひ寿司屋でも豪快にいきたいもの。シャリの上に一尾じゃ断然もの足りない。ぜひ二、三尾乗せて握ってもらいらい。良いではないか。この季節の甘エビはお祭り気分でいただきたいものだ。


 
 パリパリでグニュグュの幸せ

 冬に旬を迎えるムツは魚体を濃紫色に変える。ちょっと見るとあまり食欲をそそる外観ではないがな。だが不味そうな色合いとはうらはらに、これら丸々と太った成魚のムツの口の中でとろけるような柔らかさは何ともいえん。
 とくに鍋物にしたときなど身からにじみ出た脂がだし汁と混じり合い、えもいわれぬ美味さを醸し出す。こいつが食えるから日本人で良かったとか、冬は寒くてイヤだがムツ鍋があるからいいや、などと思わせる幸福鍋の筆頭ともいえるであろう。
 だが世の中には「もっと美味いムツの食い方があるぜ」などと言う者もいる。いわゆる「皮っ喰い」という輩だな。魚は身よりも皮だぜ、という御仁にとってムツはシャケと並ぶ「皮魚」だという。あの妙な色をしたやつを豪快にこげ目がつくくらいに焼いてバリバリ食べるのが最高だといって譲らん。勝手にせい。
 どうも我輩などはムツは鍋というイメージだから「眉ツバ」ではないか? と思いながらも、試しに行きつけの店で焼いてもらった。で、言われたとおりバリバリかじって見ると、いやこれが本当に美味い! 皮のパリパリした食感と、それから皮の裏側についてるゼラチン質の部分がなんとも旨みをたたえていて、実にパリパリでグニュグニュの幸福感。ムツの本当の魅力を見つけたと不覚にも思った。


 
  叩け! ひたすら叩け!

 コマイという魚がある。漢字で書くと氷下魚。字面からもいかにも寒く冷たそうな印象を受けるが、それもそのはず。コマイは北海道の冬の産物。北の国からやってきた冷たい魚。これ、本当に冷たいんだぞ。カチカチに固まっている。
 今回は冬の味覚コマイの美味しさをお伝えしようと、今朝河岸で買ってきたのだが、さきほどから金槌でガンガン叩いているが、これがなかなか裂けないので困っているわけ。ぜひとも、今これを裂いてだな、どんな味がするかを皆に伝えたい。だからこうして、叩け!叩け! 食うために 叩け!
 で、何故叩くかというと、コマイの干物というのは大変に固くて叩かないとバラせない。ストーブとか火であぶったりすれば早いだろう、と思うだろうが、それはダメ。せっかくの風味がそがれてしまう。このコマイというのは軽く焼いて食べると実に香ばしい味がする。いや、「する」なんて書いたが、うそだ。まだ食べてない。ものの本によるとそう書いてあるだけ。この香ばしさを損なわないで食べるには暖めたりしないで裂かないといけない、そこでひたすら叩くわけだな。
 近頃では生干にしたソフトタイプもあって人気だ。実は我輩が買った店でもとなりに置いてあったのだが、何かこう軟弱な感じがして敬遠した。なぜならコマイだからな。やはり叩かねば。
 もちろん産地である北海道ではコマイを叩いたりせん。生で食べる。コマイの刺身? ああ、どんな味だろう? いつか冬場に北海道に行ったなら、ぜひとも紹介したいものだ。
 と、結局食べる前に今回は終わってしまうのだが、ぜひ皆もコマイを食うときには、気合と、根気と、魚に対する愛情を持って、力の限り叩いて!、叩いて!(ふう)、叩いて欲しい!
 と、 かように思う次第である。 


 
 エビでタイを釣る

 わずかな元手で大きな利を得ることを「エビでタイを釣る」などと言う。まことにしかりというべきであるな。我輩も商人のはしくれだから、儲けがなくてはならないことをいつも考えざるを得ない。だがこれ「エビ」で釣るから良いのである。もしも利にさとくなりすぎて、元手をケチり「イワシ」で「タイ」を釣ろうなどとしたら元も子もないわけだ。
 実際のところ、タイの味はエサに大きく左右されるから、エビがたくさん生息する場所に上質なタイが棲んでおる。養殖のタイがイマイチなのは、安く上げるためにエサに「イワシのミンチ」などを使っているからだ。
 さて、正月や結婚式ではなにしろ登場してくるタイ。見るからに「おめでたさ」を全身に表現しながら目の前に出てくる。まことにありがたい塩焼きだが、出来ればこれ、焼きたてを食べたいものだ。
 そこで暮れのうちに市場でお目当てを一尾ゲットしてくる。さて、おせちの準備も整った頃合におもむろにこいつを焼こう。出来合いのものとちがって、ジュージュー言うやつをガブリ。コンガリした皮がうまい! 塩辛いヒレがうまい! ホクホクの身がうまい! もちろん頬肉も見逃せん、ああ美味い! 最後に骨をあぶってお茶でいただくと、これが美味い! これで一年健やかに過ごせそうな気がしてくるな。
 皆も正月くらいはちょっと手をかけて、生のタイを買ってきて焼いてみると良いと思うぞ。「エビでタイ」ならぬ「タイで家族愛」を釣れることは請け合いだ。
 はあっはっはっはっは。


 
  産地の港で思ったこと

 最近、漁港に出かけては鮮魚の産直をやっている。
 先日も福島県のとある港に行ったのだが、大量の魚を自分で運んで来るものだから結構大変だ。過積載でタイヤがバースト! なんてこともあり、非常にあせる。
 さて、産地市場に行ってみて、とても強く感じたことがある。
 まず、いろいろな魚がいっぱいあって、そしてそれぞれがとても美味いということだ。それが魚河岸にいる我輩でも見たことない魚だというのだから、きっと皆は知らないであろう。
 「ニクモチガレイ」なんぞという魚、今まで聞いたこともなかったのだが、港の人に奨められるまま食べてみると、これがとても風味があって美味い。
 そこでふと思ったのが、食糧の自給率。ついこの間、平成14年の食料自給率が発表されたが、水産物の自給率というのは食用のみでみると、わずかに53%しかない。これが昔むかしの昭和40年には100%を超えていたのにだ。水産国の実態がこれでは悲しくなるではないか。
 だが東京から車でわずか2時間半の漁港では、人知れぬ魚があふれているのだ。どこが資源枯渇なのだろうか。『そんなの見たこたぁねぇ〜売れるわけねぇ〜!』ということで見捨てられているのだからな。
 結局売れる魚介類だけがもてはやされて、スーパーに行っても、やれマグロだ、ヒラメだ、エビだと、盛んに売り出してはいるが、数が足りないものだから輸入に頼らなくてはならないわけで、これでは自給率が下がるのも当然。
 昔は近海で獲れたものだけをありがたく食べていたはずだ。それこそ海の恵みとして。何もわざわざ海外から何日もかけて飛行機に乗ってくる所謂『売れる魚』を必要とすることもなかった。
 売れる魚を売るのではなくて、獲れた魚をどうやって食べるかというほうが文化的ではないか。資本主義経済社会では売上を追うのは仕方ないことでであるが、昔の日本人は獲れた魚をどうやって美味しく食べようかと、いろいろな知恵を絞り、食文化が形成されたはずではないか。
 近くて遠い産地の港に立って、そんなことばかり考えておった。


 
  ライギョの寿司?

 人間、食べものがなくなると、どんなものでも食らうらしいぞ。
 現実の話だが、極度の食料不足にあった戦中戦後の日本、それはもうヒドイものまで食ったそうな。イナゴ、カエルから木の根っこに至るまで。それすら空腹時には調理次第で結構イケる味だったというな。
 そんな食料不足時に寿司なんぞは夢のゆめ。ところが何とかして食いたい。そんな要求に応えるべく登場したのが、何と「ライギョの寿司」。
 雷の魚と書いてライギョ。体長30センチほどで鱗が固く、表面がくの字模様になっているのでとても目立つ魚だが、これが片っ端から淡水魚を食い荒らす魚なので皆から毛嫌いされている。もともとは日本にはいない魚だったが、明治39年の内国勧業博覧会の際に初来日。奈良県の金魚商が出品したのが最初だという。その後、大阪人の物好きが自宅の池に飼っていたのが、折からの暴風雨によって流出し、堺の河川で爆発的に増殖したのだと伝えられる。
 旺盛な食欲の他にこの魚が嫌われる理由があるぞ。それはその肉に恐ろしいジストマ虫がひそんでいるからだ。これを食べるとジストマ虫が体内に寄生し、皮膚の腫れやひどい痒みを伴うぞ。
 しかし、そんな危険なライギョも刺身にすると淡白で美味く、ヒラメなどの代わりに握り寿司のネタとして盛んに食べられたというから、人間の食欲というのは止められないものだな。
 もちろん今ではライギョを寿司種として使うことは法律で禁じられている。でも、やがて水産資源が枯渇してくれば、またこんな魚も食べたくなるときが来るかもしれんな。
 ちなみにライギョは生食は危ないが、火を通せば十分に食えるらしいぞ。タイでは「ライギョの姿焼き」が名物で、独特の味がして結構イケるのだという。
 イヤイヤイヤ……

 
 冬の食卓を飾るニセモノたち

 タイをおめでたい魚に奉ってきたのは古来よりの伝統で、それはそれは根強いものがある。そこでこの人気魚にあやかって、なんとかダイというニセモノが実に多い。キンメダイ、アコウダイ、メダイなんぞは、どれも深海に棲んでいるやつらで、タイとは何の関係もないのだが、タイの名がつくことで、何とはなしにめでたい気になったり、高級っぽく感じたりするから不思議だ。
 ちょうどこの1月から2月の、いっとう寒い時期にこれらがどっと出てきて、食卓をおいしく飾るから、ニセモノといえどもあなどれんぞ。
 まずキンメダイ。こいつは金色がかった目玉と鮮やかな赤い体色が魚屋でもとりわけ目立つ魚だ。生で食べるよりも、蒸した切り身に春雨をのせて、だしと薄口しょうゆと砂糖と酒を合わせてひと立ちさせた汁をかけ、もういちど蒸す。春雨蒸しというが、これが絶品。
 それからアコウダイ。別名メヌケというな。こいつはから揚げが美味い。えらのところに割り箸を入れてえらをひっかけるようにねじりながら引っ張り出すとうまくうろこが取れるぞ。かくし包丁を入れて、小麦粉をまぶして揚げる。むずかしかったら三枚におろして身だけ揚げても良い。
 最後にメダイだが、これは刺身や寿司ネタになる。ためしに寿司屋で注文すると良い。この時期にはマグロよりも美味いと感じるかもしれんぞ。


戻る