四組法式書



 魚河岸の業務規定は、寛永二十一年(1644年)に制定された古法式書によって統一されていましたが、時代とともにその効力が失われ、四組組合がそれぞれの事情で取り決めを行うという状況が続いていました。そこで、町奉行大岡越前守の指導により、あらたに四組統一の法式書の制定が決まり、享保十六年(1731年)に「肴問屋四組法式書」として、四組問屋連判の上、正式に認可を得ます。その後、寛保三年(1743年)に、さらに改正条項を加えたものが町奉行石川土佐守ならびに島長門守に再度提出され、翌延享元年(1744)年三月に認可を得ています。

 四組法式書の構成は、八つの条項から成っていて、それに奥書きとして追加条項が付されています。古法式書の内容を吟味した上で、よりきめ細かいかたちに再編成した感が強いのですが、とくに当時激化の一途にあった問屋間の荷引競争を考慮して、ぜひともこれに歯止めをかけたいという意図が盛り込まれた内容となっています。それは、問屋業務に対する規定はもちろんですが、生産者サイドにしても利益増大をはかるため、魚問屋との間でさまざまなかけ引きが行われていたわけで、これらを牽制する意味から、浜方への仕込み規定を重大に取り扱うこととなりました。
 
 (第一条)
公儀よりの法度並びに触れはきっと守り、御用の納魚は申すに及ばず、お屋敷への納魚についても、〆売り、隠し売り、脇揚げをしてはならない。

 納魚に関する規定です。古法式書においては、城中への納魚に限っていましたが、あらたに屋敷方についても規定しています。また、これまでの隠し売り、脇揚げに加えて「〆売り」も禁止しています。これは、一ヶ所にまとめて売る行為で、このようなことは、公平な配分を破るからいけないと言っています。


 (第二条)
すべての魚荷について、仕入金を渡してある場合、または仕入金を渡していなくても年来のなじみである旅人(たびにん)の場合、他の問屋がこれをセ リ取ってはいけない。また、名前や所在が不明の旅人からの荷物は、早々に 積んできた押送船の船元宰領番に報せ、もしも不明の時には四組の月行事(がちぎょうじ)に届けること。
 附り
前日より「分け合い」の荷物が来たときは、「片附売り」をしてはいけない。ただし、問屋双方に証文がある場合は格別の儀とする。


 第二条は、古法式書の第五条、六条にあるのと同じ内容の規定です。ほかの問屋の旅人(在方問屋)の荷物をセリ取ってはいけないとか、不明な荷物については月行事に届けなければならないという規定は、これまでと変わってはいません。また、四組法式書では二条から五条まで「附り」として追加条項が追加されています。第二条では、分け合いの荷物が来たときには、片方だけに売ってはいけないというもので、これも古法式書にうたわれている規定と同じです。

 (第三条)
鮎川並びに平目浦よりの仕入は、古来より仕入れ方、送り方が互いに定めが あって、過分な仕入金や年貢等も上納しているため、決まっている問屋以外 は荷物を受けてはならない。また、そこの漁師と馴合い、決まっている場所 以外で漁獲したように見せかけたり、他の旅人の荷物に仕立てたり、網船の 乗組員を替えて、新しい名目で仕込みをすることは、決まっている問屋の仕 入金が無駄になってしまうので、一切禁止する。
  附り 
江戸の問屋からの仕入金を受けた大職網が手船にて魚を送るのは勿論だが、 積み余った荷物については、たとえ仕入金があっても、地元の商人と相対で売っても構わない。また、所々に囲われた活魚が、暴風雨などで流損した場合、それがどこかで拾われて、そこの魚市場などで売られたなら、早々に簀船持ちの問屋に知らせることとし、吟味もなく拾得者と問屋とで隠密に行ってはならない。


 「鮎川」、「平目浦」はそれぞれ鮎の産する川、平目の獲れる浦という意味で、これらの取引は昔から出荷者と問屋とで取り決めがあって、多額の仕入金などの資本投下がされているから、決められた以外の問屋が荷を引いてはいけないとするものです。
 「〜してはいけない」とあえて禁止するということは、実際にそうしたことが横行していたからだと考えて差し支えないでしょう。ここでは、市場内での無法な荷引きが多発していて、しかも、問屋と漁師と旅人のそれぞれに問題があったことを示しています。とくにアユとヒラメに限っているのは、これが鯛と並んで幕府納魚の重要な品目だからです。鯛については、すでに活鯛流通システムが確立していて、それを脇から介入するような余地はありませんでしたから、鯛への規定は法式書には一切登場しません。しかし、アユ、ヒラメについては、しっかりとした流通経路が出来ているわけではないので、法式書において規定が加えられたとみられます。
 さて、追加条項の方はまったく別の性格の規定で、大職網という漁法によって漁獲される魚は、手船という、いわば補助的な船で江戸に運搬されるため、そこに積み余った魚については、地元で売りさばいてかまわないというものと、簀船で蓄養した活魚が暴風雨などで流されたときに、それを拾得したものは必ず簀持ちの問屋に報せなければならず、隠れて取引はまかりならないとするものです。
 いずれも生産地に対する規定ですが、古法式書においてもそうだったように、そこには、多分に産地に対して牽制するという意味が含まれています。しかし、法式書はあくまでも魚河岸内部の規定であって、産地にたいしての法的な強制力はないわけですから、このような一方的な押しつけがきちんと守られていたわけではありません。

 (第四条)
新たな仕入取組や漁職取立の場合は、肝煎口入が相違無しとしても、替名その他親類筋などの身上を調べ、これまでの問屋関係に残金がないかこれまでの漁業に支障がなかったかをしっかりと確かめた上で、旅人の名前、漁場名販売する魚種を明記して、各組の月行事の承認を取らなければならない。
  附り 
仕入金の儀は、旅人商い、漁職の筋並びにその場所によって年に二度、売上高から清算すること。年々により出荷の多少が生じるときは、仕入金の増減 をする場合もある。


 新たに仕入金の取決めを行ったり、漁業を始めようという場合は、「肝煎(きもいり)」が間違いなしとしても、変名ではないか、親類筋まで身上を調べ、これまでの問屋関係や漁業に支障がないかを確認の上で、旅人の身元、漁場、魚種を明記して、月行事に承認を取ることとして、むやみに問屋が増えることを制御しています。
 追加条項は、仕入金についての規定で、年二回の清算と、荷物の多少により額の増減を行うことをうたっています。また、旅人との最初の契約時に、押送船の諸費用や、元手金などが相当額にわたって手渡されている場合、長い年月にわたりその仕入金で荷物を支配できるとしています。

 (第五条)
浦方川筋については、五分、一割の口銭があるから、その最寄の地方や同類の荷物については、その筋をしかと確かめた上、同様の口銭を定める。また、荷物が着岸した折は、水帳面を吟味し、売立相場の相違無きようにすること。若し上場日付を変えて下値にしたり、又は他の旅人の荷物をセリ取るために増し仕切をおこなった場合は、必ず取調べて処罰する。
 附り 
立合のときに分合問屋の方へ口銭一割と決めておいて、内証にて旅人に五分 の相返しを行うなどは、きっと取調べて処罰する。


 販売口銭に関する規定です。問屋は委託販売をしていて、浦方川筋から五分ないし一割の口銭を取っているから、最寄や同類からの出荷に関しても、それに準じた口銭率を定めるとしています。口銭率といえば、延宝二年(1678年)に新材木町に新場が開かれる直接の原因となったのも、荷に対する口銭が原因でした。その時は、一割六分という高口銭率であり、これを引き下げるかどうかという争いでしたから、それから延享元年(1744年)までの七十年近くの間に口銭率はかなり低くなったことが分かります。
 追加条項は、分合問屋についての規定ですが、「分け合い」荷物については、本式書の第一条の附りでも規定しています。出荷先の問屋を区分した「分け合い」の荷物が来たときは、片方だけに売る「片付売り」をしてはいけないということは、古法式書においてもうたわれておりましたが、このような事例が増えてきて、「分合問屋」という呼称が生まれたようです。このとき口銭一割と決められているのに、分合問屋の一人が相方に秘密で、旅人に五分のリベートを渡すような行為が行われつつあり、これはその旅人をセリ取ることに他ならないので禁止し、そうした事実が発覚した時には吟味の上で処罰するとしています。

(第六条)
問屋並びに仲買共、浦方川筋を回っての諸魚直買はしてはならない。近年、押送船を仕立て仕入ある浦方へ回す、或いは鮑浦沖合にて盗買を致す、陸付荷物を道中にて押留る、塩魚を打金にて買付る、等の行為は、仕入金も廃り、罷成の問屋も迷惑するので禁止する。

 問屋や仲買が産地を回って直接買い付けすることを禁じた条項です。古式法式においても禁止されていた行為ですが、近年みられるようになった行為について、とくに問題としています。
 問屋が押送船を仕立て、他の問屋が仕入金をしてある浜方へ回すという行為は、本来からいえば全く逆のやり方です。これは、浦賀奉行所の設立によって押送船の通行許可を発行する印鑑問屋ができましたが、これが時を経ると権力化していき、まるで問屋所属の押送船のようになってしまいました。すると、これを利用して、問屋側から浜方へ押送船を仕立て、他の問屋が仕入金を打ってある浜方を回る問屋が出てきたというものです。
 鮑浦はアワビの獲れる浦のことで、当時、干しアワビは、イリコ、フカヒレとともに中国への重要な輸出商材でしたから、幕府は生産、加工、流通にわたって厳しく統制していました。それをかいくぐっての盗み買いが横行しているとしています。
 陸付荷物というのは、陸行で運ぶ出荷のことで、アワビやサザエなど単価が高いものが多いことから、これを横から現金によって強引に買い取る行為が目立ってきたということです。
 塩干魚は、日本橋川をはさんで対岸の四日市組や小船町組らの市場の扱いでしたが、塩干魚でも塩魚に関しては、魚河岸でも取扱い業者が増えてきて、これを脇から買い付けることがあったといいます。
 これらの行為について禁止しています。

 (第七条)
総ての組合の問屋は勿論、屋敷売の肴屋並びに問屋請仲買、組合請仲買、脇店仲買売買の儀は、その日払いとして代金滞らぬようにすべし。若し売掛に 滞納が無くとも、仲買分の者不届のあるときは、組合一同相談の上、売りを留める。


 市場内の営業規定で、とくに仲買について、売買の仕切を当日払いとして、遅滞金のないようにするほか、不届きな行為があれば、問屋一同が相談した上で、売り止めの措置とすることで、古法式書同様に従属性を明らかにしています。
 この時期には、仲買業務が問屋から独立しつつあり、問屋側にとっては脅威の存在になってきたことから、あえてこのような規定を盛り込んだものでしょう。
 さらに、市場内業者として、総組合の問屋、御屋敷売りの肴屋、問屋請仲買、組合請仲買、脇店仲買の五つに定めています。


 (第八条)
問屋名題の無い者が荷物を引請、仕切するなど問屋がましき筋は固く禁じ、勿論新たに問屋株を相立てず、且又、組合所定の仲買以外の他は売場にて一切の商売を禁じる。


 問屋名義のない者が問屋行為をすることを禁じ、新たに問屋を増やさず、所定の仲買以外が市場地域内で営業してはならないとしたものです。

 「肴問屋四組法式書」には、このあとに法式書制定と町奉行所改めなどの経緯と、さらに追加条項、罰則などが奥書きのかたちで記載されています。
 追加条項というのは、過料金と営業停止の処分を覚悟の上で、どうしても欲しい旅人に、従来の問屋との関係を切らせて自分と結ばせようとした者があったときに、これまでであれば、過料金を支払って、営業停止の期間を過ぎれば、自由に旅人と契約できたため、これはかんばしくないということから、たとえ旅人が従来の問屋と手を切ることがあっても、処罰を受けた問屋とは結ばせないという旨を明示したものです。
 罰則は次の通りに規定しています。

・法式書違反の罰則
吟味の上、古法式書通りに、過料金三両を組合に納め、一定期間の商売遠慮(営業停止)とする。

・法式書以外の罰則
法式書に具体例がなくても紛争などを起こせば、同様に過料金多少、商売遠慮とする。

・組合に従わない者への罰則
組合の裁定に従わない問屋は、奉行所に対して「問屋株の取り上げ」を訴え出る。