〜講談 魚河岸年代記〜

建継騒動の段




ベンベン!

創業以来 魚河岸は お上の御膳まかないの 任務にあたっておりました

ドッサリ運ぶお魚の 価(あたい)は市価の一割足らず

とてものことに算盤の はじけるものでありませぬ

されど幕府が御用達 守り通した三百年は

誇りと気骨に満ち満ちた 勇み肌なら魚河岸の 気風(きっぷ)の良さを生みました

上納品の高札を ひらりと掲げた荷車が 通り一丁繰り出せば

大名・旗本 裃(かみしも)の 行列さえも道ゆずる

たいそう名誉なお役目に 鼻高々の兄ぃ連


江戸っ子の見本とまでいわれました 魚河岸の兄ぃたちの鼻っ柱の強さといえば

まさに御上納の名誉を負っているという その自負からきているものでございます

またお上としましても折にふれて魚河岸を保護してまいりましたから

それはそれでうまくいっておったんですな


ベンベン!


長きにわたる太平の 世のありさまも うたかたに

やがては淀みてまいりましょう

幕府財政逼迫の 憂き目にありて江戸市中

諸品高騰 倹約令と 不景気風の吹き荒れる

魚河岸野郎の心意気 御用肴の鼻息も 威勢を失くしてまいります

それというのも上納は 魚のたぐいも決まりがあって

鰯、秋刀魚に鯵などの 多獲浮魚 全部ダメ

口の奢った城中の そのお眼鏡に適うのは

白魚、鯛に平目、鱧 高級魚の御番付 値(あたい)も取れず 数合わず

さすがの河岸の兄ぃらも 二の足踏むにいたりますぅ




だいたい三百年も平和が続くなんてことは この国にはなかったことでございますヨ

そもそも江戸は軍事都市だったわけですが長い平和にすっかり緊張が緩んじゃった

ボーッとしているうちに幕府の威光なんぞは すっかり怪しくなってまいります

早い話が戦がないから武家は出世も出来ずに金もない

困りきって大名ですら町人から借金をする 賄賂を受け取る

こんなご時世になってまいりますてえと それまで幕府御用達で威張っていた魚河岸も

お魚上納などはありがたみもなくなりまして

次第次第にお義理の上納ということになってまいります。


ところが将軍家も大奥も大名・旗本も口が奢ってまいりますからこれでは納得いたしません

そこで寛政四年・西暦1792年、ついに幕府はそれまでの上納制度をとりやめまして

江戸橋際に御納屋役所(おなややくしょ)というものを設け

半ば強制的に魚を取り上げるという手段に出たのでございますぅ……


ンベン!

御納屋役所の取立ては 峻厳・過酷きわまりて

問屋・仲買・小売商 泣きの涙に暮れました

河岸の事情に通じる者が 取立人に雇われて

御用御用の乱用で 役人風を吹かせます

懐手にして手かぎ持ち 店のなかをばかき回す

小売の盤台取り上げる

どこの問屋に入荷があると

聞けばすぐに飛んでいき すべてを分捕る凄まじき

我が物顔で闊歩する取立人の横暴に

さても商い成り立ちがたしと進退窮まる魚屋の

一計案じて取るすべは 浜から届くお魚を 右から左に隠しては

つづら長持ち 仕舞いこみ 箪笥の中に秘匿する

ひどい時には雪隠の 鼻をつまんだ隠し事

問屋の店先 魚なく 家の中では生臭い

まったくもって逆さまの おかしなことになりました



魚河岸では取立人とのこのような丁々発止が来る日も来る日も続いたものですから

とうとう疲れ果ててしまいまして 「何とかして下さい」と自ら幕府に願い出た結果

役所と魚河岸の間に「建継所(たてつぎじょ)」というものが設けられることに相成りました

これは上納品の一切を調達する機関でありまして

その運営には問屋が浜から魚を仕入れる際に仕切金の百分の一を積立て

役所からの支払が魚の値段に見合わない場合は そこから不足分を補充するという制度

まあ言ってみればみんなで苦労を分け合おうや というかなり妥協的なものですな


この制度が功を奏して一時は収まりかけたのでございますが これが長続きしなかった

というのも この「建継所」を運営する行事連中が

次第に横柄な行動に出てまいったからでございますぅぅぅ……


ベンベン!

親方日の丸お役人 一流会社の勤め人

バックが強けりゃ 自らが 偉くもなった気がするは まこと世の常 人の常

建継所の行事らも 我こそお上の代理人

すべて我らの思うまま 官僚気分に ふんぞり返る

役人らには良い顔し 魚屋風情にゃあ 屁の河童

御用魚の取り立ては 厳しくあたる一方で 助成金は出し渋る

お定まりは袖の下 自らうるおす お手盛り役目

あげくの果ては役人と 一緒になって問屋連 絞るありさま惨たらし

何のことない以前より ひどいことになりました

ベンベン!

このままでは魚河岸に将来はない!

もはやすべての元凶の 建継所をば打ち壊し

活路を開く他なしと ついに我慢の限界に 達した河岸の兄ぃ連

すなわち 河岸のなかでもとびきりの 男の中の男を自認する

西宮利八(にしのみや りはち)

伊勢屋七兵衛(いせや しちべえ)


神崎屋重次郎(かみさきや じゅうじろう)

佃屋彦兵衛(つくだや ひこべえ)

伊勢屋亀太郎(いせや かめたろう)


血気盛んな五人の男 大包丁を振りかざし

暁のなか 建継所 いざ出陣と 踊り込むぅぅぅ!!


ベンベン! ベンベン!


かれらの決死の突撃に 色めき立ちます魚河岸の

喧嘩のことなら飯よりも好き
 
よその喧嘩も買って出る 血の気の多い連中だ

常々憎きは 建継所 その不満は爆発し

手かぎ 包丁 得物を持って 五人衆の後を追う

「かれらに怪我をさせるな!」

「役人に化けた泥棒を打ち殺せ!」

皆 口々に 叫んでは 上げた拳を下ろさない

いつのまにやら 橋詰めは 百人を越す大群衆 鼻息荒き連中が

ぞろっか囲んだ 建継所


ベンベン! ベンベン!

心強き助っ人の 熱狂 声援 背に受けて

思わず知らずに 熱くなる はやる心の五人衆

頭にカーッと血が上り 身体も動(いご)いてまいります

はじめは脅しのつもりでいたが ついには包丁振り回し

相手に怪我を 負わせてしまった!

ベンベン!

さあこうなると大事件 ただでは済まぬ お定めだ

罪人 下手人 縛り首 下手すりゃ魚河岸取り潰し

問屋・組合・お偉方 血相変えて駆けつけて

何とか事を治めたい 割って入ってみましたが 頑
と動かぬ五人衆

ここでこの手を引いたなら 我らの行動 無駄になる

いざとなればこいつらと 刺し違えて死ぬ覚悟

役人たちの咽喉仏 二尺五寸を突きつけて

一歩も引かぬ心意気!

ベンベン!

これでは生きた 心地もせぬと 音を上げたのは役人だ

命ばかりはお助けを

河岸の群集証人に この建継所取り潰す

約束交わす起請文 泣きの涙で書きまする

公儀の役人向こうに回し 大立ち回りの魚屋風情

まこと天晴れ 魚河岸の 勇み肌なら天下一

その男気を知らしめた
 
五人は江戸中の評判になりました

ベンベン!

こうして魚河岸を苦しめていた癌は一掃され ふたたび平安が戻ってまいりました

しかし さすがにこれだけの騒動を起こしては 何のお咎めなしとはまいりません

西宮利八以下五人は召捕られ 残念なことに吟味が済む前に五人とも牢死してしまいました

魚河岸の人々は彼らの冥福を祈り

回向院境内に石造の五輪塔を建てて手厚く供養をいたしました

これが歴史に残る魚河岸の「建継事件」でございます


ベンベンベン!!


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