〜講談 魚河岸年代記〜

江戸防衛軍の段




ベンベン!

時は幕末 動乱の 風雲急を告げまする

慶応四年正月に 火ぶたを切ります号砲は

会津・桑名を主力とたのむ 一万五千の幕府軍

鳥羽の伏見で敗れ去り 時代の転換余儀なくされた

その鉄槌ともなりました

勝てば官軍 負ければ賊軍 薩長掲げる 錦の御旗

抗うことの 出来ぬ恐怖が 幕軍をして敗走を させたものでございます


ベンベン!

それでも江戸には徳川の 望みをつなぐ八万旗 温存されておりまする

これが動けば起死回生の 戦ができると思いきや

三百年もの太平に 慣れてしまった武士たちに

戦意乏しく 団結力も 持ち合わせない体たらく

なかには江戸を後にして 逐電するは卑怯者 尻をまくってハイ左様なら

ここに幕府は存亡の 危急の事態を露呈して 上を下への大騒ぎ……


ベンベン!

そんな折 町奉行所より相模屋武兵衛(さがみや たけべえ)をはじめとする

魚河岸総代らに異例の呼び出しがあり

「容易ならざる時節柄、この上 薩長軍が攻めて来た時の江戸防戦にあたり

その方らは日頃より勇ましい気性ゆえ 万一の場合は心を合わせ 尽忠いたすべし……」


という命令が書面で下されたのでございます

尽忠といえば軍役を意味する言葉

つまり魚河岸の人々に「江戸防衛のために戦うべし」

というお達しが下ったわけですな

いかに幕府が危機にあるとはいえ

町人に対してこのような命令が下されるのはかつてないこと

豪気でなった武兵衛もさすがに即答を控え

魚河岸に戻って一同の意見をきいた上で

ご返事いたしますと ひとまずは引き下がりました

ベンベン!

魚河岸 問屋 仲買の すべての顔が集って 評議をはじめてみたものの

武兵衛からの報告を きいたとたんに一同は 水を打った静けさに 黙りこくるは思案顔

さしもの威勢の 良い連中も 今度ばかりは 荷が勝ちすぎる

互いに顔を見合わせて ただおろおろするばかり

この状況に武兵衛(たけべえ)は 「吃っ(きっ)」とかたちをあらためて

すべての顔を見回すと

「皆の者、心してきいてほしい」と口火を切りました

ベンベン!

我らは元和(げんな)慶長(けいちょう)の

古き御世(みよ)より将軍様の

お魚御用をつとめてまいった

その間 紆余曲折はあらばこそ

なお商いを 続けらるるは お上のおかげ

今こうして我々に 援助の力を請うてきた

町奉行より直々に 助力を請うてきたものだ

今こそ我らが恩返し お江戸直参魚屋の 心意気を見せようぞ


「だいいちだよ 薩摩だ 長州だのと とんだイモや三ピンの

官軍の名を借りた紙屑拾いに この日本橋を渡らしたら

それこそ江戸っ子の名折れじゃねえか

こいつぁな、沽券にかかわることなんだぜ!」

武兵衛の 熱のこもった弁舌に 訳もないまま感激し

「そうだ、その通りだ」

「やろうじゃねえか!」

皆 口々に叫んでは 立ち上がり 腕を振るのでありました


ベンベン!

無謀といえば あまりに無謀

引くに引けない河岸の気風が ただいたずらに駆り立てられて

時代の波の真っ只中に 突き進んでまいりますぅ


まあ そんなわけで魚河岸は官軍の江戸総攻撃に備えての防衛軍の役を

買って出ることにあいなったわけでございます

数万の幕府軍を打ち破った官軍に対し

町人が立ち向かうなど 自殺行為にも等しきもの

しかし いったん火のついた魚河岸連中を止めることなど

誰にもできやいたしません。

ベンベン!

命すら捨てる覚悟の魚河岸衆  さっそく武兵衛 総大将に

魚河岸会所(かいしょ)を本陣に 準備万端ぬかりなく 防衛軍を組織します



     一、 集合・離散には 太鼓鳴り物合図とし 単独行動すべからず

     一、 いざという時 仮病にて 逃避したるは 以後一切市場商い差止めのこと

     一、 軍役の名をば借りての 上納品おこたることを固く禁ず

     一、 合言葉は舟と言えば水と答えるべし


いかにも素人丸出しの 軍令・規律取り決めて

非常の際には とびきりの 魚河岸兄ぃ千人が

日本橋にずらりと並び 堅固に町を守ります

 薩長軍と相構え 戦うべしとの請願を 奉行所に申し出た

ベンベン!

二月に入ると魚河岸会所で

連日軍事会議を行うなど 準備怠りなくやっておりましたが

いよいよ西郷吉之助を大将とする官軍の一団が

迫っているという報に 一同一気に色めき立ちます



毎日皆で集まれば 炊き出しもある 酒もある

自由に飲み食いしていると 怖さも薄れてまいります

何のあんな田舎者 官軍なんぞは犬の糞(いんのくそ)と

相手が武士だというのも忘れ 心持ちだけどんどんと

大きくなってまいります


ベンベン!

さてもそうこうするうちに

ついに官軍 品川に 到着せしとの情報が 町方筋より届きます

さそくに太鼓打ち鳴らし いざ出陣のトキの声

飛び出しましたる防衛軍

威勢ばかりは立派だが いくさ装束見てみれば

サシコ半纏(さしこばんてん)股引き(またひき)に

草履ばきやら地下足袋と

頭に巻いた手ぬぐいに染め抜いたるは魚河岸の文字

獲物といえば包丁と 手かぎ 鳶口(とびぐち) 商売道具

どこを見ても軍隊と いうより田舎の小芝居の

一座の門出と相成りました


ベンベン!

それでも日本橋の際 数百人の者たちが 終結するは勇ましき

各町内の月番が 隊伍 号令整えて ぞろっか揃った兄ぃ連
総大将の武兵衛が ずずっと前に進み出て 各自に指示をいたします

さあて これなる皆の者 よおっく聞いてもらいたい

敵がこちらに向かってきても うかつに出てはいけねえよ

奴(やっこ)さんには 大砲や 鉄砲やらが たんとある

真正面(まっちょうめん)から攻め込んじゃあ

元も子もねえ 身が持たねえ

我らに勝機はただひとつ 敵のスキつく接近戦!

そこで我らはふたつに分かれ

本船町(ほんふなちょう)と 四日市(よっかいち)両側からのはさみ打ち

肉弾戦に持ち込めりゃ 刀よりもゲンコツだ 弾丸より気組(きぐみ)の勢いだ

我らの力を存分に 奴らに見せて しんぜやしょうかぁ!!


 
武兵衛は作戦を伝え 全員を鼓舞しながらも 

戦いを前にして手のひらがじっとりと汗ばんでくるのを感じておりました。

 しかし、まさにその時でございます


「……やめ? やめだと?」

「やめってそりァ、どういうことでい?」

この日 二月の十四日 勝海舟は高輪に

官軍参謀 西郷の吉之助をば訪のうて

膝詰め談判 二日間 男と男が腹を割り

江戸城無血の明け渡し 一身かけての約束を

まことをもって取り交わす

これによりて江戸市中 戦火にまみゆることもなく

政権交代 平和裡に 行われたでございます


ベンベン!

戦い中止のこの知らせ ほどなく市中を駆けめぐり

町奉行より魚河岸に 防衛軍を解散の ご通達が届きます

ここまで気持ちを張りつめて 決死の覚悟の兄ぃ連

拍子抜けの腰砕け その場にへたりと座り込む

「……何だつまらねえな」

誰かが ぼそっとつぶやいた

これが お江戸魚河岸の 最後の言葉となりました

三百年の魚河岸の 長き歴史をしめくくる

なんと簡単 端的な 言い回しでございましょう

幕府の危機を見過ごせず 身体を張っての戦いを

決意したは心意気 まこと天晴れ忠勇の 侠気に富んだ男たち

しかしてもしも官軍が まこと市中に攻め入らば

所詮は素人 芋軍隊 何の手もなくひねられて

日本橋のたもとには 惨い屍骸も数知れず

たった一人の怪我人もなく この魚河岸が後世に

残ることともなったのは これ幸いといえましょう

やがて時代はうつろいて 文明開化の世を迎え

徳川様の後ろ盾 失くしてしまった魚河岸の

運命(さだめ)はいかなものであったか

多くの者らが新政府 うまく取り入るなかにあり

最後になるまで 徳川に 忠義の心忘れずに

信義ある しかしあまりな不器用さ

近代日本に取り残された 前時代的伏魔殿

兜町のおとなりに 不潔な施設はご無用と

何度も立ち退き 迫られます



そして大正12年9月1日 突然に襲った関東大震災

未曾有の惨事に魚河岸もまた灰燼と帰し

300年余りも続いた豪快で晴れ晴れしい日本橋魚河岸の歴史は

こうして幕を閉じることとあいなったのでございます


ベンベンベン!


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