第1回 嫌われ者から人気者へ

 マグロのお刺身といえば、日本料理の最高傑作と呼ばれるほど、その美味しさは誰もが知っています。でも、かつてマグロは不人気な魚でした。その理由はすぐに黒ずみ見た目が悪いから。たとえば江戸の場合、遠い産地から運んでくるのに日数を要したので、河岸に届く頃にはどうしても鮮度が落ちてしまいます。また、マグロは古名「シビ」といい、これが「死日」とつながるから縁起が悪いなどと毛嫌いされ、武家ではいっさい口にしませんでした。
 江戸時代後期になると、相模や伊豆の近海でマグロがたくさん採れだし、鮮度の良いものが入ってくると、徐々に食卓にも上るようになります。でも、広く食べられるようになったのは江戸前握り寿司の誕生によってでしょう。新鮮な魚を酢飯で握って食べる。せっかちな江戸っ子にはもってこいのファーストフードです。握り寿司は当初アナゴやイカを煮て味付し、握った飯の上に乗せたものでしたが、やがて生魚を握るスタイルが主流になりました。とはいえ主役はコハダやアジで、マグロの握り寿司はありません。その頃は醤油にマグロを漬けた「ヅケ」を握ったもので、まだまだ脇役でありました。それが、天保年間に大漁で市場にあふれたマグロをさばくために、夷屋という寿司屋のアイデアによりマグロを生で握り、醤油を添えて出したところ、これが大ヒット! やがて明治時代以降はマグロが握り寿司の真打ともいうべき人気を博していくことになるのです。
 長い不遇時代をへて、現在高い人気をあつめるようになったマグロですが、実はそこに江戸時代に野田や銚子で開発された「関東醤油」という陰の立役者があったのです。

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