第5回 一本たりとも同じマグロはない

 いつも皆様にご提供させていただいております「鈴与」のマグロは、毎朝、築地市場に上場されたものです。もしも今、お召し上がりになっていらっしゃるなら、そのマグロは、お買い上げになった日の朝、私が市場でセリ落としたものです。それは、やみくもに求めたのではなく、お客様の口に合うマグロという基準で、具体的には、赤身にツヤがあり、トロは単に脂が強いだけでなく、上品な深みがある、そういうマグロを意図的に選びました。
 とはいえ、これはなかなかに微妙な仕事で、どんなに大量にマグロがあっても、求めるのはほんの何本かしかありません。市場に並んだマグロを選別する作業を、我々仲卸は「下付」と呼びますが、目と指先と感性だけで、数多くの中からお目当てのマグロを探し出します。
それにはまず姿をみます。マグロは丸々と太ったものや、すらっとしたものなど千差万別ですが、これはごく主観的に「良いかたち」のものを選びます。長年、下付をしてきた達人になると、マグロの方から「旦那、アタシを買いなさいな」と話しかけてくるなどと言いますが、もちろん私はそんな域には達していません。でも、良いマグロは良い姿をしているというのは、経験上間違いないのです。次に指でマグロを押してみて、弾力や皮の厚みをみます。これで、肉質について多くのことが分かります。張りのある魚は味も締まっています。それから丹念に腹の厚さ、脂の乗り具合をチェック。中がきれいか、鮮度も調べます。最後に尻尾の具合で赤身の状態を確認します。
 こうして選び抜いたマグロですが、不思議なことに、かれこれ二十年近くもマグロを見てまいりましたが、一本だって同じマグロに出会ったことはありません。極端にいえば、お客様が召し上がったのが、どんなマグロだったか、記憶をたぐれば答えられるほどです。
だから一日たりとも気を抜けません、と同時に、皆様に喜んでいただくことに、この上ない喜びを感じられる仕事なのです。

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